硝子の民とハルツゲの王子 2


硝子の民のルルは、王都に赴いた。
大通りには人っ子一人いやしない。
それは、期待されているいない云々でなく、
まず、外に出ることは、即座に体温が奪われる。
窓は熱を逃がしてしまう。だから閉める。
そうして、風の吠える王都が出来上がる。

ルルがやってきたその日は特に寒く。
昼だというのに空は灰色で落ちてきそうですらあり、
心が沈み込んだ王都の住人は、外出する気力すらない、
ルルにはそう感じられた。
気力を蓄えるのが、本来の冬だ。
なのに、長引く冬に、どこもかしこもすり減らしすぎている。

城に迎えられたルルは、王に謁見し、
アナグラのトモになる旨を話した。
王は大いに驚いたが、
ひたと王を見据えるまなざしに、
「失望、するかもしれん」
と、ルルに前置きし、
一人、家来を呼ぶと、
その家来にアナグラの部屋まで案内をさせた。

案内をした家来は何も言わなかった。
ルルも何も求めなかった。
そして、ある部屋の前で家来が立ち止まる。
「アナグラ様のお部屋です」
ルルはうなずき、
ドアを、開けた。

頬を忘れかけていたものがくすぐる。
これは、なんだろうか。
ルルは、ドアの中を見る。
そこは闇しか見えない。
ルルは、ドアの中に歩を進め、後ろ手でドアを閉じた。

明かりがともされると、そこには。
外とは違う季節があった。
淡い花の季節、幼い緑の季節、水が温む季節、
しかし、ルルはその部屋に入って、しばらくして気が付いた。
これは全部……

「まやかしだよ。こんな季節」
部屋の隅で、何かをいじっていた青年が、
無気力に言い放つ。
「アナグラ」
「そう、僕がアナグラ。閉じ込められた世間知らず」
ルルはニコと微笑みを浮かべた。
「私はルル、あなたのトモになるべくやってきた、硝子の民です」
「トモ。へぇ、王は僕にもハルツゲを試せと言われるか」
「私は場合によっては、引き返す気でありましたけれど」
ルルは、部屋の偽りの季節を見上げる。
「あなたほど、春を知り、待っている王子はいないでしょう」

部屋の偽りの季節の中、
アナグラはルルをじっと見る。
「硝子なんて、と、言われたことはないか?」
「それはどういった?」
「きらきらするなら宝石の方が尊いと言い出す輩さ」
「硝子は、真に硝子であるとするならば、そこにあるのは美しい真実です」
アナグラは、薄く笑う。
「嘘の春と、硝子の真実。極寒に喧嘩売るには丁度いいと思わないか?」


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