硝子の民とハルツゲの王子 3


アナグラはルルを連れて、
冬が形を持って居座っているとされる、山に向かう。
アナグラはこの冬を極寒と評したけれど、
どこかの国の言葉でフユショーグンというそうだ、と、
うろ覚えの知識を、アナグラは披露した。
ルルは、少し笑った。

山の道は険しく、
雪をかぶりさらに険しく。
雪のつぶてをまとった風は、さながら雪の狼が襲い来るように。

ルルは、硝子の民の宝を、
硝子の宝剣を抜いた。
すらりと長く、透明だ。
「私が道を作ります」
ルルはアナグラを見て、やはりニコと笑う。
「硝子の剣は、傷つけるためにあらず。シンを通すためにあり」
心、信、真、あるいは、神。
いろいろなシンを通すべく、ルルは宝剣をふるい、
幻のような雪の狼を薙ぎ払っていく。
ルルの硝子の宝剣が道を作る。
アナグラは、走り出す。
ハルツゲをしないといけない。
足が重いのは、雪の所為だけでなく。
この双肩に背に腕に、
春を待つ者の願いがかかっているから。

ならば。この願いの重みをもってさらに走ってこそ、
それが、ハルツゲをするものの最低限の礼儀。

春。とは。
アナグラはひゅうと息を吐き、
冷気をわずかに吸って、それを繰り返す。
春。とは。
ハルツゲ、とは。
春はどこに。

アナグラは、思いいたって、目を見開いた。
ルルの方にすっと目をやれば、
ルルはうなずいた。
ルルは知っている。
何よりも強い力の言葉を、それこそが……

アナグラは、冷気大きく胸に迎え入れ、叫んだ。
「春は俺が内に有り余るほどあり!アナグラの内に、春は限りなくあり!」
アナグラは宣言する。

「春は、ここにあり!」

瞬間、アナグラの声が言葉が魂が、
強い波のように山を川を野を駆ける。
春はアナグラの内にあり。
春はここにあり。
春はここにあり。
山が大きく鳴る。
河が砕ける。
雲が晴れていく。

春は、ここにあり。

あまりの強い波に、
ルルの硝子の宝剣が砕ける。
これが、きっとハルツゲだ。
春を知り、春を待ち、春を迎えに行けるもの。
その、春を告げる叫び。

今、疲れたアナグラは少し放心したように息をついている。
ルルもいささか疲れた。
あとで、雪解け水を少し飲んだら話そう。
どうしてトモになろうといったのかを。
供でなく、友に。

あなたの内にあった春は、嘘偽りでなく本物だった。
硝子だって、
宝石といえば偽物です。
でも、硝子が硝子である限り、それは真実です。
真実はみんな持っている。
ただ、これほど見事に言葉にできる人が少ないだけ。

ルルはちょっとだけ、アナグラを小突く。
ハルツゲの王子は、よろけて尻餅をついた。

春は今、ここにある。


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