怪談:うじゃうじゃボディガード


彼女はアイドル。
この時代において、アイドルの量産がなされてきて、
アイドルという肩書を持つのも容易くなった。
けれど、僕だけは知っている。
彼女は正真正銘、アイドル。
たくさんいるアイドルもどきに決して負けていない、アイドル。

僕は彼女のファン。
アイドルを愛する一人のファン。
彼女は僕の名前など知らないし、
僕だけが彼女を見ているわけじゃないし、
そういう交流はほとんどないと思っていい。
彼女に触れることも考えていないし、
ファンのマナーを守る、ごく一人のファンだ。

彼女のファンは、僕をはじめ、
マナーを守ることでちょっと有名だ。
アイドルオタクというものが、
どうにも気持ち悪いイメージ先行な中で、
彼女のファンは、規律を守る。
彼女を不快にさせないため、
彼女を不安にさせないため、
彼女を守るため。
よそのファンから、
軍隊みたいだとか、
かえって気持ち悪いとか言われたこともある。
僕は反論しなかったけど、
アイドルがファンを見て、
不安になっちゃいけないだろうと僕は思うし、
ファン心理として、アイドルには微笑んでほしいんだよ。

今日も彼女はステージに立つ。
僕らファンはいつものように客席にいる。
ふと、気が付いた。
ステージの死角から、
刃物を持った男。

僕が気が付き、そして、
僕らファンに神経伝達がなされる。
ファンはその時、比喩でなく皆が一つの、怪物に変わる。
僕らファンの人間の肉体はとけて、
うじゃうじゃと融合し、
ただの刃物などでは、どうしようもない、
見た目ではおぞましい怪物。

刃物を持った男は、
僕らに取り込まれる。
こうして彼もファンに生まれ変わる。

アイドルの彼女は微笑む。
「最高のボディガードだね」
僕らの意思はその笑顔のためにある。
うじゃうじゃぐちゃぐちゃ。
僕らはファンのすべて、
僕らはファンの一人。
僕らは彼女のボディガード。
最高のアイドルを守る。
うじゃうじゃいるボディガード。


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