春の服を着るよ


厳しい冬を越えて。
小さなこの子も、春の服を着ることができるようになった。
あたたかい南風を待ちわびて、
あたたかい日差しを待ちわびて。
この季節をどんなに待ちわびただろう。

思えば、私はあたたかいと嘯いて、
いつも寒いと言うのに春の服を着ていたようなものだった。
凍えても、寒くても、かじかんでも。
私はあたたかいからと、
無理して春の服を着続けた。
私にとって春は、嘘の季節だった。
そんなものは存在しない、
存在しない場所の季節だった。

いつもあたたかいと。
私は笑顔をはりつかせてあたたかいと言う。
私の内側も外側も、寒くて仕方ないと言うのに、
涙すら出なかった。
私はみんなをあたためなくてはいけないし、
私はみんなから心配されてはいけない。

「大丈夫だよ。私はあたたかいから」
「冬はやがて終わるよ、春はちゃんと来るよ」
私は、心にない励ましをかけ続けた。

私は、春を信じていなかった。
守るべきものができる前までは。
小さな子供を守ることになってから、
ずっと、ずっと、春をこの日を待っていた。
喜んで春の服を着ることが出来る日を待っていた。

子供は春の服を着て。
私も春の服を着て。
もう、春は嘘の季節じゃなくなった。
涙が出るほど美しい季節は、
ここにこうしてやってきた。

気がつけば。
私の周りには、あたたかい手が差し伸べられていて、
私は、内側の冬も去っていったことを知る。
みんな、わかっていた。
私の中が吹雪いていたことを知っていた。

春は、きた。
雪は溶けて涙になった。
季節はまた巡るけれど、
この美しい春がやってきたことを忘れない。
花が咲く。
鳥は歌う。

偽りでない笑顔。
偽りでない春の服。
この子も春には新しい服をきて、
みんなと一緒に笑うのだろう。
春は来る。
あたたかな南風も、
あたたかい日差しも、
本当の春も、やってくる。

春の服を着よう。
軽く羽ばたく、春の服を着よう。
もう、春なのだから。


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