メスシリンダーの場合


私は計っていたはず。
形のなかなか得られないそれを、
私の中に入れることで計っていたはず。
あら?
私はその目盛りをどうやってみればいいのかしら?
私は計るものを外で見ていたのかしら?
いつからかしら?
私が目盛りを見なくなったのは。
いつからかしら?
私が私の中に液体を注ぐようになったのは。

私の中は空っぽが普通で、
それはとっても空虚なの。
どんなに濁った液体でも、毒物でもかまわない。
私の中に液体があれば、
私はそれを計って、
私の中は満たされる。
内側に満ちるそれを、愛なんてよんだりするのかしら。
それは今ではわからないんだけどね。
人の呼ぶ愛と、私の感じる様々の液体って、
とっても似てると思うのだけど。

液体は計られると、私の中からどこかへいってしまう。
うん、計ったら使われなくちゃ。
使われるために計られたんだもの。
だから、私の中はまた空虚になって、
劇薬でもいい、何か私の中に注がれないかと望むの。
あふれるほどは、私の性質上無理だけど、
たくさん注いで欲しいの。
私の目盛りがわかる範囲で。

形ないものに、単位と数値を付けてあげるのが、私の役目。
その仕事を苦だと思ったことはないわ。
でも、常に満たされているわけでないのは、ちょっとさびしい。

ねぇ、どうしてひとつで完結できないのかしらね。
物はひとつで完結できないようになっているのは、どうしてかしらね。
人と物の間になってもまだ虚ろで、
愛でも憎しみでも何でもいいから、
この内側に注いでもらいたいのは何でなのかしら。
私は見えない目盛りでその液体を数値にして、
液体はまた、どこかへ使われる。
誰かが私を満たし続けたのならば、
私は意味をなくしてしまう。
それはとても怖いことなの。

私を満たして欲しいの。
少しの間でもいい。
私は計りたいの。
形のないそれを、計りたいの。

私は人、私は物。
私は妄人。
妄想の果てに物になりかかっている、妄人。
私はメスシリンダーの妄人。


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