剣山の場合


私は傷つけたくない。
とんがっているけれど、たくさんの武器を持っているけれど、
傷つけたくない、本当だよ。

私はたいてい、水の底に沈んでいる。
上を見ればゆらゆら揺らめく花があるはず。
私は見えない花を妄想する。
それは季節折々の花に違いない。
花たちは、私の剣に刺さって、しゃんと立っている。
私の上に、愛でられるべき花があり、
私は水の中に沈む。
傷つけたくはない。
最低限の傷で、花を立たせるのが仕事。
この武器は花のため。

水の底から、
私ははっきり見えない花を思う。
私とつながっているはずなのに、
その姿はなんと朧に見えることか。
私が傷をつけたから、花はきっと私を憎んでいるだろう。
それとも、花はきっと無邪気に、
そんなことも考えずにたたずんでいるのだろうか。
とんがった剣につながれた、花は、
囚われたそれでなく、
死に場所を見つけたそれでもなく、
やはり、泉に足を浸した女神のそれなのかもしれない。
やはり私は水の底が似合う。
そして、女神は泉の底の私を踏んで血を流し、
そして、真っ赤な血液から、さらに新しい花が咲くだろう。
私は妄想する。
花は女神で、女神は花だ。

私は、花の姿を知らない。
きっと美しいものなのだろう。
私は、私の正確な姿を知らない。
きっと、ひどくとげとげしいのだろう。
私は花に恋焦がれるように。
花を傷つけ、花を立たせ、花を愛する。
水の底から。とんがった激情でもって。
無数の武器は花のために。
花を傷つけるため。
花を愛するため。

そうは言いながら。
私は、花を生かすことが出来たら、それが嬉しいのだよ。
私とつながって花が生きたのなら。
それ以上の喜びはない。
私のとんがったところが花に刺さり、
つながって花が笑っている。
そんな妄想があるのだよ。
幸せな妄想だと思わないか?

私は人、私は物。
私は妄人。
妄想の果てに物になりかかっている、妄人。
私は剣山の妄人。


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