俺は時の檻で嘘をつく 3月14日


目が覚めたのは朝。
耳慣れないもので目が覚めた。
知らないニュース。知らない天気。
知らない、何かの音。
トントンと変則的リズミカルな音。
キッチンから。

「ユウヤおはよー」
「ああ、おはよ…う」
「付箋ありがと。冷蔵庫の中すっきりするよ」
「あ、ああ…」
当たり前にいるタマキと、
冷蔵庫にはられた真新しい付箋と、
ちょっと危なっかしい料理と。
封を切られたばかりの味噌。
この部屋にはしょうゆすらまともなのがなかった。
炊飯器がまともに機能したのはいつぶりだ。
いつぶり、いつぶり?
今日は何日なのか、
俺は強烈に知りたくなった。

「タマキ」
「うん?」
「今日は何月何日だ?」
「テレビでも言ってるでしょ、3月14日」
「あ、そう、なんだ…」
俺の身体から、余計な力が抜けていく。
当たり前の日常。
求めていたものは、こんなにも近いところにあった、
そんな気がした。

「ユウヤ」
「うん?」
「ホワイトデーだよね、今日」
「何か贈ったほうがいいかな?」
「来年でいいよ。きっとずっと一緒、そんな気がする」
ずっと一緒。
それは、幸せな檻の中で、だろうか。
俺はそんなことを考える。
なぜかはわからない。

ずっと、この日が来るのを待っていた気がする。
それこそ、何万回も待っていた気がする。
するのに、この日が埋もれていきそうで、
それはそれで怖い。

「朝飯食べたら、文具屋行こう」
「なんで?」
「日記つけようと思って」
俺は当然のことを言う。
「ノートもないからな」

この部屋にないノートは何を意味しているのか。
俺はその意味が理解できない。
ノートを買いに行こう。
手をつないで買いに行こう。
今日から始まる何かがあってもいいじゃないか。

俺はタマキの朝飯を口にする。
「ちょーおいしい」
俺は最高の嘘をついた。
センスがないことは、重々承知だ。


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