あなたがいなくても


妄想屋の夜羽は、テープを示す。
「本当に大切なもの」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「ちゃんと、大切と気がついていますか?」

テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。

「あなたがいなくても」
女性の声が話す。
「あなた、とは?」
夜羽が訊ねる。
「ここにいないけど…」
女性は少し考え、
「私の全てをぶつけた存在。今は、いない」
女性は語りだした。

私は、一人で生きていけるんだと思っていた。
あなたがいなくても生きていけると、
嘯いたこともあった。
私とあなたは、お互い存在しなくてはいけないと、
今になって思います。

私は、あなたを敵と思いつつ愛していました。
憎みつつ、戦いつつ、
ぐるぐる回るように、愛おしさも募りました。
太陽が昇り、月が満ち欠けして、
私とあなたは戦い続け、
疲れ果ててはどちらともなく眠り、
私はあなたがどこにも行かないようにと、
その手を握り締めて眠るのです。

私は悪なのでしょうか。
あなたは善だったのでしょうか。
ひとつの存在に善か悪かの、
片方の側面のみと言うことはまれで、
正しいと思うことをぶつけ合っては、
私たちは理解できなくて憎みあった。
そのくせ、そんなことを思いつく存在を、尊敬もしていた。

私は全身全霊であなたと戦い、
正義と言うものがここにあることを示さんとしていた。
きっとあなたもそうだった。
そして、あなたは私より、少し優しかった。
多分それだけだったのです。
あなたは、私の全てを認めると言ったのです。
戦いは終わりにしよう。
新しい年には、新しい価値が必要になる。
そう、あなたは言いました。
そして、私の言葉を聞かず、
あなたは、どこかへ消えてしまいました。

「愚かだとしか思えないのです」
声は言う。
「年が変わった程度で、私から逃れると思わないで欲しかった」
「では、どうします?」
夜羽は訊ねる。
「見つけて引きずり出して、今度こそ」
「今度こそ?」
「今度こそ、私たちがひとつに溶けて、新しい価値になればいい」
「できますか?」
「時代が望めば、きっと可能。この新しい時代が、望めば」

テープは沈黙して、やがて停止した。

妄想屋の夜羽は、いつものように微笑んでいる。
「新年おめでとうかな?」
年が変わっても、時代が変わっても。
妄想と現実の境界線上に、
夜羽はいるのかもしれない。


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