ぼくらはみんないきている


妄想屋と言う職業のものが、
目の前にいると思ってほしい。
彼の名は一応夜羽(ヨハネ)と言う。
妄想屋は、カセットテープに妄想を録音し、
求める誰かに聞かせる職業のものだ。
妄想屋は、灰色とも藤色ともつかないコートを羽織り、
同じ色の帽子を目深にかぶっていて、
視線はわからない。
男か女か、老いているのか若いのかもわからない。

夜羽は戸惑うあなたに、
テープを一本示す。
「妄想は、いつでもどこでも誰にでも」
年代もののテープレコーダーに、カセットテープをセットして、
再生ボタンをガチャンと押す。
「無論、妄想は、あなたにも私にも」

テープは回る。
音声がちょっとのノイズを混ぜて再生される。

「ぼくらはみんないきている」
幼さを伴った声がまず、一言。
「そうですね、あなたが生きていることを否定はしません」
夜羽は答える。
「ねぇ、生きるってどこから?」
「さぁ?」
夜羽は曖昧に。
「生き物は生きてるよね」
「生きてますよね」
「死体は死んでる」
「死んでいるから死体ですね」
声はちょっと沈黙。
何かを考えているように。
「生きる定義がほしいわけじゃないんだけど」
声はまた、ちょっとだけ黙り、
「ぼくはどこまで生きていて、ぼくはどこまでぼくなんだろう」
「考えすぎなくていいのでは?」
「ぼくは、ぼくの外部にもぼくがいる」
「外部。あなたでないあなた?」
「いや、ぼく。だけど、ぼくの身体の外に」
「なるほど」
夜羽はその感じを受け入れたらしい。
「その場合、ぼくと言う生き物はどこまでなのかな」
「どこまでだと思います?」
夜羽は問い返す。
常識を語っては、面白くないと判断したのかもしれない。
「ぼくはね、ぼくがたくさんいて、ぼく同士で何かを感じられたらいいなと思う」
「どういう気分でしょうね」
「他人でなく、みんなぼく。ぼくは笑い、ぼくは歌い」
「ふむ」
「そして、ぼくらはみんないきているんだと思う」
「そうですね。あなたが何であっても、生きていることは否定できません」
「うん」
「ありがとうございました。機械のあなたの妄想確かにいただきました」

テープは沈黙して、やがて停止した。


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