冷たい底
ネネは眠っている。
ネネは闇の中に落ちた気がした。
あたたかい気分で眠ったのに、
そこは冷たい場所のように感じた。
何かが交差している感じ。
ネネはそんなことを感じた。
ネネは、夢を見ているんだろうと感じる。
いい夢と悪夢の交差点。
だからネネは冷たいのだろうと思った。
心のホットミルクは、あたたかいから上にある。
身体はきっと温まっているのだろう。
沈んだここは闇で、冷たい。
浮かんだほうが、いいのだろうか。
ここはきっと悪夢の入り口だ。
足場が何とかあるのだろう。
足場が崩れると、そこから落ちてしまうかもしれない。
ネネはイメージする。
朝凪の町に行く前、空を飛んだ感覚。
ロープ渡りの踊り子。
危なげなくロープを渡る感覚。
ネネは冷たいそこに、ロープを渡した。
ネネは一本のロープの上に立っている。
それは一本の線だ。
ネネが辿っていた線。
まだ遠くへ続く線。
下にも続いているようで、上にも続いているようで、
前にも後ろにも続いているようで。
一本の線が踊っている。
ネネをあざ笑っているのか、
または、祝福しているのか。
ネネにはよくわからない。
ネネの確たる足場が揺れる。
(いずれ後悔をしますよ)
声がする。
よく通る、あのときの声。
ただ、夢の中のせいか、ノイズが多い。
後悔なんてしたくないよ。
ネネは心で言い返す。
今までいろいろ後悔することしてたけど、
もう、後悔したくないよ。
ゆらゆら動く足場。
ネネは自分の立ち位置がわからなくなる。
線を辿っていって、それから…
それからどうするのだろう。
ドライブはどうして自分を選んだのだろう。
(いずれ後悔をしますよ)
嫌だとネネは思った。
後悔なんて、したくない。
足場が揺らいで、瞬間、ネネは宙に放り出される。
落ちる!
落ちる先はまっくらい悪夢だ。
何かを飲み込むようなイメージ。
怪物がいるような、それとも何もないところ。
ネネはそこに落ちていく。
嫌だよ、嫌だ!
ネネはあがく。手を伸ばし、足をばたばたさせる。
ここがただの夢だとしても、
自分に嘘はつきたくないし、
かっこ悪くても後悔したくない。
ネネは手を精一杯伸ばした。
(友井!)
誰かの声がした気がした。
若い男の声だ。
しゅるしゅると音がした気がする。
何かを伸ばすような、ネネはそんなイメージを持った。
ネネは宙ぶらりんになったイメージを持った。
何かがネネの手を結んでる。
ネネは、手を結んでいる何かを見ようとした。
うんと伸ばした手を寄せる。
そこに巻きついているのは、一本の線。
線だということに気がついてはじめて、
ネネはまた足場が戻っていることに気がつく。
イメージをしなおす。
また、立ち位置は一本のロープになった。
「いずれ後悔をするとしても」
ネネは夢の中で声を張り上げる。
「やれることやってやるよ!」
ネネは声の主に啖呵を切る。
「どうせあんたは声のコピーに過ぎないんだから!」
言ってからネネは気がつく。
後悔すると言った声が、はじめて聞いたときに比べて、ノイズっぽいことに。
「何したいのか知らないけど、負けないから!」
ネネは勝ち負けの基準も何も知らない。
ただ、ネネは負けたくなかった。
ネネの足元から、冷たい感じが去っていく。
上と下の、夢の温度差が混じっていく。
心地いい温度になった。
ドライブに心をあたためてもらったから、
夢の温度は少しあたたかくなっている気がした。
それにしても、と、ネネは思う。
線を伸ばしてくれた、あの声は誰だろう。
自分を友井と呼ぶ声なんて、そんなにいるだろうか。
後で考えよう。
そのうち、きっとわかるさ。
誰だかわからないけれど、ありがとう。
心からの感謝をこめて、ネネは夢の中でも目を閉じた。