戦闘区域
ネネたちは、住宅街の近くにやってきた。
朝凪の町がいつもそうであるように、
桜色の空と、静かな町並み。
ネネはまだ、遠回りの線を辿っている気がした。
さっき人影を追ってから、
最短の線とは、かけ離れているのかもしれない。
ネネは立ち止まる。
町並みをよくよく見る。
何かの跡が見える。
壁に、丸くうがたれた跡。
「なんだろう、これ」
ネネはそっと触れてみる。
『それは銃弾ではないですか?』
「銃弾」
『戦闘をしている集団があると聞きますです』
「さっきの爆発もそうなのかな」
『わかりません』
「とにかく、さっさと抜けるのがいいね」
『そうですね』
ネネはステップを踏んでみる。
かんかん!
予測していたが、ここは危険らしい。
ネネは線を辿って走り出した。
足音が、かんかん鳴りっぱなしだ。
どこまで戦闘しているのだろう。
ネネは息の続く限り走った。
そして、足音が、こっつと鳴るなり、
ネネはどっと倒れた。
なんだか走って疲れた。
ネネは肩で息をする。
そこに、人影が現れた。
「おい、お前」
若い男の声だ。
聞いたことがない声だとネネは思った。
「…なん、です、か?」
ネネは肩で息をしながら答える。
起き上がるのも苦しい。
「スパイか?」
「ちが、い、ます」
ネネはそこまで答えて、深呼吸した。
「ふぅん」
男はネネをじろじろと見る。
「こんな野暮なスパイもいないか」
ネネは答える気力もなかったが、
男の格好を見る。
迷彩柄の上下、バンダナを巻き、銃を背負っている。
胸にはごつい無線らしきものがある。
「ここは戦闘区域だ。巻き込まれたくなかったら、さっさと出て行け」
「戦闘区域?」
「朝凪の町で戦闘が許された区域だ。爆発だってある」
「…うそ」
「本当だ。だから、一般人は出て行け」
「出て行く予定です。はい」
ネネは自分の線を確かめる。
戦闘区域から出て行くように、線がのびている。
起き上がって、渡り靴でステップを踏む。
こっつこっつ。
ここは比較的安全らしい。
「何で戦闘しているの?」
ネネはたずねる。
ネネなりの好奇心だ。
「最初は主義の違いだったかもしれない」
「最初は?」
「今は生き残るために戦っている」
「殺すの?」
「生き残るためにはな」
「生き残るとどうなるの?」
「次の戦闘区域に行くのさ」
「それって、死ぬまで戦うの?」
ネネはなんだか悲しくなった。
迷彩柄の男は、なんでもないことのように淡々と話す。
「俺の人生は、戦うことだ」
「帰りを待つ人とかいない?」
「いない」
男はきっぱりといった。
何にも頓着せず、ただ戦う男。
ネネはなんだかさびしくなった。
「名前教えてよ」
ネネはそう言い出した。
「俺の?」
「うん」
「俺はリディアという。戦闘に行くにあたって与えられたんだけどな」
「リディア」
ネネは復唱する。
「死なないでね、リディア」
リディアは奇妙に笑った。
「何でだよ」
「知っている人が死ぬのは嫌だから」
「それじゃ、あんたの名前は?」
「ネネ。友井ネネ」
「ネネか変な名前だな」
「覚えたら、死なないで。知り合いが死ぬのは嫌だから」
「わからない、ここは戦闘区域だからな」
リディアは笑った。
先ほどの奇妙な笑顔ではない。
リディアの無線らしきものに通信が入る。
「了解」
リディアは無線にそう言った。
「俺も戦闘だ。さっさと出て行け、ネネ」
リディアのその声には、少しの親しみがある。
「死なないでね、リディア」
ネネは声をかける。
「ネネもさっさと戦闘区域から出て行け。自分の命は自分で守れ」
ネネはうなずいた。
リディアは一人の命を守るので精一杯なのだ。
リディアは振り向かずに戦闘に飛び出していった。
ネネはそれを見届けると、
また、ネネの線を辿りに出て行った。
大きな爆発の音が聞こえた気がした。
嫌な予感を、ネネは振り切った。