幸せになって


ネネはいつものように帰宅して、
あたたかい夕食を食べる。
家族一緒だ。
両親と、ネネ。
今夜はしょうが焼きだ。
バターで焼いてから、つゆのもととショウガで味付け。
これがまた、おいしいのだ。

後片付けを済ませて、
ネネはこっそり渡り靴を持って二階の自室に戻る。
「ドライブ」
そっと呼びかける。
ちりりんと音がする。
無駄箱一号の近くだ。
ネネは靴を置くと、そっと無駄箱一号に近寄った。
ドライブがひょっこり顔を出す。
『おかえりなさいなのです』
「ただいま。角砂糖取ってこようか?」
『できれば欲しいです』
「やっぱりお腹空く?」
『螺子ネズミなりに空きますです』
「わかった。待ってて」
ネネは階下の台所へ行き、角砂糖を一つ、失敬する。
「ネネ?」
ミハルがリビングから声をかける。
「なんでもない!」
ネネは声を上げて否定する。
いつものぼそぼそのほうが良かっただろうか。
考えるより、ドライブが見つかることが大変だし、
ネネはあわてて階段を上った。

ドアを開けて、滑り込み、中へ。
ため息を一つ。
「角砂糖とってきたよ」
ドライブは無駄箱一号の陰から、勉強机の上にやってくる。
ネネはそっと角砂糖を押し付ける。
ドライブはじたばたしながらも角砂糖を手にして、ほおばる。
『おいしいのです』
「そりゃよかった」
ネネは笑顔になる。
なるほど、ペットを飼う人が親ばかになるのも、わかると思った。
ドライブはペットではないと思うが、
かわいいとは思う。
ネネは机の上に目を走らせる。
ドライブの寝床にした帽子が、きっちり片付けられている。
布団にしたハンカチも、ちゃんとたたまれている。
「あれ」
『はい?』
「整えた?ハンカチと帽子」
『はいなのです』
角砂糖一個を食べ終えて、ドライブがどこか誇らしげに胸を張る。
『ベッドメイキングなのです』
「几帳面だね」
『ベッドは借りたままじゃだめなのですよ』
「いつまでいるかは知らないけど、適当でいいのに」
『いつまででしょうね』
「なんだ、ドライブもわかんないんだ」
『ネネに力があると言うのでここに来ましたけど』
「言ってたねぇ」
『ネネに何がおきるときに力が必要なのか、わからないのです』
「線を操れるって言ってたよね」
『今のネネは、その力がなくても、現状でがんばれます』
「まぁ、そうかも」
ドライブはうなずいて続ける。
『ですから、ネネに線を変える力が発現するのは、いつなのか』
「ふむ」
『私の役目はいつまでなのか、私にもわからないのです』
「寿命が切れるまで一緒でもいいじゃん」
ネネはなんとなく、そんなことを言ってみてから考える。
螺子ネズミのドライブが事切れるまで。
あるいは、ネネ自身がおばあちゃんになるまで。
ずっとずっと生きて、思い出のいっぱいにドライブがいるのもいいかと思った。
ドライブは、ちりりんと鈴を鳴らした。
『だめです』
頭に響くドライブの声が、震えている。
『そんなのは、だめです』
「考え読んだ?」
『読みました。ですから、だめです』
「一緒でもいいじゃない」
『それは幸せだからだめなのです』
ちりりんと鈴がなる。
ドライブが顔をぬぐうそぶりをする。
ネネの頭の中に、泣き声が響く。
このネズミは、泣いている。
「ドライブ」
ネネは呼びかける。
「幸せでもいいじゃん」
ドライブがふるふると頭を振る。
「おばあちゃんになったら、不思議なネズミのいた昔話をするよ」
『昔話?』
「昔々、ドライブという螺子ネズミがいましたって」
『覚えていないでください。お願いです』
「どうして覚えていられるのが嫌なの?」
『とても幸せだから、だめなのです』
「幸せでもいいんだよ」
ドライブはだまった。
ネネは続ける。
「ドライブを見ていると、幸せだよ」
ネネの頭の中でドライブが泣く。
ネネはそっと、ドライブをなでた。
小さな生き物だと、ネネは感じた。


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