誰のために
ネネは看板街の入り口の、金網の扉をくぐった。
あたり一面看板のあらし。
ピカピカしたり、紙はひらひらしたり、
アクリルだったり、金属だったり、
わけのわからない空間になっている。
くわえて今のネネは、渡り靴を履いているから線が見える。
無数に網羅された、看板から伸びる線が見える。
見慣れれば使いやすいのかもしれないが、
ネネは線酔いをしそうだなと思った。
ネネはとにかく自分の線を辿る。
一度来た道のような気がする。
気がするだけかもしれない。
看板の山の中を分けいる。
看板の塔の中に、看板工の居場所がある。
鋏師は先に来ていた。
「ネネさんでがすね」
看板工のパラガスがネネに語りかける。
ネネはぺこりとお辞儀をする。
「次の中継点でがすか?」
「うん」
ネネは答えると、パラガスはもじゃもじゃの奥にある目を細めた。
「空でがすか」
「昭和島とバーバが言ってた」
「昭和島でがすか」
パラガスは難しい顔をした。
「どうしたの?」
「昭和島の凪ぎは、明日の朝でがす」
「昭和島の凪ぎ?」
ネネが問い返すと、パラガスは説明を始めた。
「昭和島は、強い風と雲に囲まれてるでがす」
「ふむ」
「それが凪ぎになるときになら、入れるでがすけど」
「明日の朝にならないとだめなわけだ」
「そういうことでがす」
パラガスはうなずいた。
ネネもうなずき返した。
「それじゃ、どうしようか」
ネネはドライブにたずねる。
『突風でも、強い風には押し返されますし』
「うん」
『時間軸もそろそろ帰ったほうがいいかもしれません』
「そうか。そんな時間なんだ」
『はいなのです』
ネネは野暮ったい端末の時計を見る。
なんだかよくわからないが、なんとなく帰ったほうがいいのかもしれない。
ネネはうなずく。
「それじゃ、ここから帰ります」
ネネは宣言して、端末をいじる。
レディに教えてもらったとおりに、ぽちぽちといじる。
ネネの前に、光の扉が現れる。
「よし」
ネネは短く言うと、
「それじゃ、また明日」
挨拶して扉をくぐる。
パラガスも鋏師もネネを見送る。
ネネは光の扉に手をかけた感覚を得ると、
そのまま光の扉を開いたような感覚を持った。
ネネの目の前に、
何かが広がっている気がした。
いつもは寝床にいるはずなのにと思った。
夢でも見ているんだろうか。
ネネはふわふわと歩く。
勇者じゃないといわれて泣いた感覚。
あの男の子は誰だろう。
ネネはなかなか思い出せない。
小さなネネは泣いて泣いて泣きまくった。
男の子は、困り果てて途中でいなくなってしまったらしい。
ネネは独りぼっちになっている。
そのことが、余計小さなネネを不安にさせたらしい。
小さなネネはそのあと、工事現場のおじさんたちに立ち入り禁止をくらった。
ネネはとぼとぼと家路に着く。
工事現場は、工事が終わったらなくなり、
工事現場の勇者もどうなったのかわからない。
幼いネネは工事現場の記憶をそのうち忘れて、
勇者になんかなれない、普通の生活をしてきた。
「あんな勇者なんかひっぱたいてやれ」
高校生のネネが、幼いネネに向かって言う。
「でも、おんなはゆうしゃになれないんだよ」
ネネは弱る。
このネネの気持ちを味わったことがあるからだ。
ヒーローになれない。
ヒロインでは弱すぎる。
お姫様になりたいわけではないのだ。
小さなネネの小さな世界で、
ネネ以外を守るくらい強く。
強くて優しくて、みんなが認めてくれるもの。
それが幼いネネには勇者だった。
高校生のネネも、特別になりたい気持ちはある。
それが表に出なくなって、
変なところで歪んでいて、
友達も作らず、話もせず、
屈折した学生生活を送っている。
ネネは、幼いネネに目線をあわせる。
「誰のために強くなりたい?」
幼いネネがしゃくりあげる。
「みんな」
「いっぱいだね」
「うん」
幼いネネに、高校生のネネのようになるというのは、言えない。
「きっと、みんなを守れるくらい強くなれるよ」
ネネは幼いネネの頭をなでる。
幼いネネは、まだ泣いている。
いつか泣き止む日がくればいいと、ネネは思った。