おかしな熱気


混沌の教室は、教師が戻ってきたことで落ち着く。
「えー、彼女は保健室で落ち着いています」
そんな報告だけなされて、
授業は進んでいく。
ネネは女生徒の持っていた紙が気になる。
見つからない。
どこかに挟まったのだろうか。

他の教科の授業が、
淡々と過ぎていく。
ネネは自分に詰め込むようにノートをとる。
今夜、復習したら適当に定着するはず。
できることはそれしかない。
注釈も自分で記して、
問題集や資料集を開いて書いて、
机が狭いと感じる。
ここまで派手にやっているのは、何年ぶりだか。
ネネは心でそんなことを言って、自嘲する。
何年勉強してなかったんだよ、と。

昼休みの時間が来て、
ネネは購買でパンなどを買ってきた。
席について、パンと牛乳とコロッケ。
昼休み終了間際まで何か残っていたら、
ハムチーズサンドも食べたい。
頭の中で教科のことがフラッシュしている。
ネネは心の中で、
(はいはい、あとで復習しようねー)
と、フラッシュする記憶に呼びかける。
それでもなかなか落ち着かず、
結局パンを食べながらテキストを見る。
うつろな記憶のところがフラッシュして、
ネネはうつろな記憶のところのノートをめくる。
それが落ち着いたら、次のうつろ。
ネネは片手でパンを持ち、手が明かないと知ると、
口にパンをくわえ込んだままノートをめくる。
ページが落ち着くと、もごもごと食べる。

ネネはもごもごを一通り終えると、
牛乳を一気飲みして、一息ついた。
佐川タミのもとに、人だかりがいる。
「あの子、何か佐川さんがしたの?」
あの子とは、さっき悲鳴を上げて倒れた子だろう。
「あの子は現代国語のヤマをかけた解答をあげたわ」
「うっそ」
「まじで?」
「それがあたっていたから、おどろいちゃったのね」
タミがうふふと笑う。
「まだテストの前だけど、現代国語は範囲も絞れてるし」
タミが笑う。
「今日の授業で、大体このあたりが出ることを、わかっちゃったのね」
タミがそこまで言うと、人ごみがざわめいた。
「じゃあ地理の解答もあってるんだ」
「生物の解答持ってるやついないか?」
「おい!解答コピーだ!」
「世界史!世界史の解答のコピー!」
人ごみがざわめく。
代価を払った占いに、
神秘性と信用性が与えられる。

ネネはそんな様子を、
窓際の一番前の席から見ていた。
瞬く間に占いの解答がコピーされ、
教室の中に広まる。
一種の熱気のようなものが教室を包んでいる。
ネネは思う。
タミを中心とした熱気だ。
タミを中心に、熱気は妙な方向に向かおうとしている。
「ほら友井さん、全部目を通すといいよ」
誰かから、解答のまとめのコピーがやってきた。
これを受け入れては、ネネは不正をする気になる。
捨てようか、と、思った。
でも、これは佐川タミが占っただけの、
タミのヤマ勘だ。
記号や文章。
全てがテストにありそうな、タミの適当なのかもしれない。
ネネは折りたたむと、机にしまった。
占っただけ。不正でもなんでもない。
それなのになんだか寒気がする。

「現国のコピーあったっけ?」
「だれか!」
「ないみたいだね。もう一度占ってもらおうか」
「今度は何払おうか」
「うちのボケ老人なんてどうよ」
「悪者だぁ」
「どうせ死ぬだけだもん」
がたんと立ち上がる音がした。
ネネがそっちを見ると、久我川ハヤトが立ち上がっていた。
「遊びで命を取り扱うもんじゃない」
教室はしんとなる。
佐川タミがころころ笑った。
「いらないものを払っているだけですよ。大丈夫」
タミはやさしく諭すように、ハヤトに言う。
「そうそう、いらないものだし」
「久我川さんも何か必要な占いはあるかしら?」
「間に合ってる」
「そう、残念ね」
タミは人だかりに向かって声をかける。
「今回のテストは落とせないから、みんなヤマあてて点を取りましょうね」
「佐川さんの占いは完璧だもん」
「勉強しなくていいよね」

ネネはタミを見ている。
もしかしたら、要らないとされた人も消したんじゃないろうか。
ネネは空気がおかしくなっているような気がした。


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