粘土細工師


「またきたか」
ネネの周りで声がする。
周りから湧き出たようであり、
波のようにやってきた気もする声だ。
こあんこあんという風に響いて、こだまのようになる
ネネは聖なる領域にいるような気になる。
神社やお寺、そういった場所にあるような感覚。
ものすごい木々が、そうさせているのか。
ここはただの公園でないような気がした。

ちりりん。
ドライブの鈴がゆれる。
風が通り過ぎていく。
爆音も聞こえない。
「粘土細工師はいますか」
ネネは声を上げてみる。
木々が沈黙する。
声も沈黙する。
ネネは反応を待つ。

しゃん!
音がした。
何の音かとっさにわからなかったが、
ネネは音の方向を見た。
前方の木の上のほう。
その男はいた。
ネネのイメージしている神主が、
大小さまざまの鈴を身につけている。
鈴を身につけたまま、木の中ほどにいる。
身軽には見えない。
それでもずっとそこにいたかのように、
神主の姿をした男がいる。
「どんどんでろろんどんどろう」
男が不思議な声を上げる。
声はものすごい木々の中にこだまになり、
ネネの感覚だと、この公園を浄化しているように思った。
声の掃除をしているのだ。

こだまが響き終わると、男はそれをよしとしたのか、
木の上で体勢を変え、鈴の音をさせながら、落下した。
ころころころ…
しゃん!
と、音を立てて、神主姿の男が着地する。
ネネは男を見た。
変わった姿をしているが、その目によどみがない様に思われた。
「偽の線には惑わされないか」
男は澄んだ声で語りかける。
「多分大丈夫です」
ネネは心からの声で答える。
言い切ることは出来ない。
だから、多分。
男はうなずいた。
「私がこの森の粘土細工師だ」
粘土細工師が名乗った。

ネネは何かたずねようとした。
何からたずねればいいか、わからない。
鈴はなぜかとか、
その格好で粘土細工か、とか、
ものすごい木の中で粘土もなかろうとか、
思うことはいろいろある。
あるのに、言葉が出てこない。
聖なる空間の中で、俗っぽい物が出てこないような感じがする。
「解体屋のところに行ったにおいがするぞ」
粘土細工師が読み上げるように言う。
「はい、行ってきました」
ネネは答える。わかっているなら隠すこともない。
「解体屋は魂も解体する。すべてにおいて腑分けするのだよ」
「そんなこと言ってました」
「ここは粘土に宿す聖なる場所。命の生まれる場所なのだ」
「生まれる」
「そう、土から生まれし小さなものがここにはいる」
粘土細工師が鈴をまとったままステップを踏んだ。
それはそのまま舞になる。

かんかん!しゃん!

鈴なりの鈴の音にあわせて、
ネネたちの周りの空気が変容する。
ざわざわと誰かが言っているような気がする。
ざわざわと歌っているような気がする。
ネネは足元を見る。
小さなものが何かいる。
こぶしほどの赤ん坊のようなもの。

かかかかん!
しゃんしゃん!

赤ん坊のようなそれらが歌いだす。
「どんどんでろろんどんどろう」
幾方向からも声がする。
赤ん坊の泣き声のような、幼子の歌のような、
戯れの歌のような、いつくしむ祝詞のような。
こだまが響く。
ネネは粘土細工師に注目した。
粘土細工師が舞をとめた。
ころん…
と、残響を残して、鈴が止まった。

「おわかりだろうか」
粘土細工師が話し出す。
「ここで生まれた命たちだよ」
こぶしほどの赤ん坊がわぁわぁと小さくざわめく。
「私は舞を舞い、この命を歌わせている」
「それはいったい、どういうことなの?」
「命とは仕掛けだ。理にそって動く仕掛けだ」
「しかけ」
誰かもそんなことを言っていた気がする。
「私は理にそって、命を歌わせるためにここにいる」
「それがあの舞」
「さよう」
粘土細工師がうなずく。
「少ない土から仕掛けを作り、歌わせ続ける。それが私の役目だ」
「それがこの命?」
「ここで生まれ、ここから出られない仕掛けだよ」
粘土細工師は、何かあきらめたように言った。


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