予感
ネネはトートバッグにパンフレットを入れる。
「どうする?」
ネネはハヤトに尋ねた。
「佐川が気になるけれど、どうしようもないと思う」
「やっぱり気になる?」
「何が起きているのか、知りたい」
それはネネも似たようなことを思っている。
一瞬見えた線の化け物。
ネネの妄想かもしれない。
イメージから出てきた幻かもしれない。
あの化け物が代価を食っている。
ネネはそんなイメージを持つ。
「友井」
「なに?」
「朝凪の町にいたのは、他に思い出せるか?」
「他に?」
ネネは考える、そして、一人思い出す。
「辻さん」
「つじ?」
「クラスメイトだよ。家族まで代価にした人」
「いたなぁ…」
「現代国語の時間に悲鳴上げた人」
「いた。そこまでは覚えてる」
「朝凪の町のことは?」
「さっぱりだ。すまん」
「まぁそうだろうね」
ネネは別段気にしない。
「その辻は、どういうことをしていた?」
「新しい名前を持って、朝凪の町のバーバに引き取られた」
「そうか」
ハヤトはうなずく。
「よく覚えていないけど、それなら大丈夫だろう」
「そうだね」
ネネもうなずいた。
ネネは人ごみに目を向ける。
「何をしなくても、いてもいいと思えるって、ありかな」
「なにをしなくても、か」
ハヤトが復唱して、答える。
「それは花だな」
「花?」
「誰に命じられたわけでもなく、花は咲く」
「そうかもしれないけど、違うかもしれない」
「花が美しいのは、何もしていないからだ」
「そうなのかな」
ネネはハヤトを見る。
ハヤトの黒い目が澄んでいるような気がする。
この目で美しいものを見たり、
美しいものを描いたりしているのだろうか。
いろいろな色彩を見て、いろいろなイメージを見て、
混ざっている、それすら飲み込んだ黒い色。
「何もしなくてもいていい。友井がそうであるように、花もそうなんだ」
「なにも」
「占いに導かれることもなく、何をしなければいけない、というもなく」
「うん」
「花のように生きられれば、何もしなくても、きれいだと思う」
「そうなんだ」
「それでいいと俺は思う」
ハヤトがじっとネネを見る。
あまりじっと見たことのない、真っ黒の瞳。
ネネもじっとハヤトの瞳を見る。
ネネが小さく映っているのだろうか。
雑音が遠くに行く。
ハヤトとネネだけの世界。
近づこうとして、ハヤトが目をそらした。
「すまん」
ハヤトが視線をそらしたまま、頭をかく。
「じろじろ見て、すまない」
「あー、別に構わないけど」
ネネもなんだか照れくさい。
お互い見詰め合っていたと思うと、なんだか恥ずかしい。
拡声器の声がまだ響いている。
雑音が戻ってきている。
占いの行列は相変わらずで、
並んでくださいと拡声器が騒いでいる。
「友井は、これからどうする?」
「雑貨でも見るかなと思ってる」
「そうか」
ネネは雑貨を買う気はない。
なんとなく見るだけだ。
「俺も少し見る」
「部屋が散らかってるんじゃなかった?」
「買う気はないけど、見ていると面白い」
「ふぅん」
ネネは思う。一緒だと。
そういうときに限って、面白そうなものを見つけたりする気がする。
ネネは歩き出す。
ハヤトが続く。
不意に、ネネの耳に違和感。
何かが聞こえる。
雑音に混じって聞き取りにくいけれど、ネネの心にざわめき。
ネネが歩く。
かん、かん、
警報だ。
ネネは立ち止まる。
ハヤトも立ち止まり、ネネを不思議そうに見る。
「友井、どうした?」
「よくないことが起きる気がする」
「わかるのか?」
「占いじゃないけど、危ない」
ネネはあたりを見回す。
普通の駅前広場。何が変わっているわけでもない。
何かが起きてしまう。
ネネの耳に、大型の車の走る音が聞こえる。
普段は聞き逃すその音が、なぜか不吉に聞こえた。
音は近づいてくる。
人ごみに向かって。