電波ジャック


「ネネー」
階下からミハルの声がする。
「いまいくー」
ネネは大声で答える。
「それじゃ、晩御飯食べてくる」
『気がついたら角砂糖もよろしくです』
「了解」
ネネは部屋を出ると、軽いステップで階段を下りる。
「あらネネ、早いのね」
ミハルが台所で何か混ぜている。
「晩御飯?」
「うん、混ぜご飯よ」
「手伝うことある?」
「じゃあ、ちょっと片付けてくれると、うれしいな」
ネネは食卓を少し片付ける。
手が空けば洗い物もする。
「ネネ」
居間からマモルの声がする。
「何?」
「中継がある。ちょっと来てみなさい」
「中継?」
ネネは水道を止めると、居間に向かった。

浅海の町の駅前広場から、
夕方のニュースの中継がある。
佐川様が私たちを救ってくれた。
佐川様とは一体誰か。
そんなテロップが現れている。
「一歩間違えば大惨事、それを救ってくれたのが…佐川様」
駅前広場には、昼間とは違う熱気がある。
「佐川様と呼ばれる女子高生だというのです」
人ごみがうなる。
「現在、佐川様は怪我人を介抱して後、行方が知れなくなっていますが」
リポーターがメモを読む。
「明日には佐川様が全てを救うために動き出すという、そんな話です」
「はい、中継ありがとうございました」
中継現場では、人がワァワァと騒いでいる。
ネネはこれで終わりじゃないと思った。
「例の佐川様?」
ミハルが台所からやってくる。
「中継は終わっちゃったよ」
「あらら」
突然、テレビが砂嵐になる。
ザーザーとノイズ。
「あれ?」
マモルがチャンネルをころころ変えてみる。
どこも砂嵐だ。
「故障かな?」
不意に、映像が結ばれる。
映像はネネの知っている人を映している。
佐川タミだ。

「テレビをご覧になっている皆様、ラジオをお聞きの皆様、佐川タミです」
優しい声が響く。
画面のタミはうっすらと微笑みすら浮かべている。
マモルがリモコンでチャンネルをかえる。
どこもタミを映している。
「私は今度の朝に、本当の私を手に入れます」
タミが語る。
「成功すれば、全ての未来を操り、全ての未来を伝えることが出来る私になります」
タミは微笑む。
「これらは、皆さんから得た代価の力でもあります」
タミは続ける。
「皆さんの代価を昇華し、皆さんを導く存在でありたいのです」
ネネは思う、タミが得た代価はこんなものではない。
テレビラジオジャックだけではない。
「皆さんを導き、国を導き、世界を導き、完全なる世界を作りたいのです」
タミはやりかねない。
代価を取れるだけ取ることも、やりかねないとネネは思う。
「導く私と、皆様の代価の力が必要です」
代価は力になる。
タミはそれを何かを捻じ曲げるために使おうとしている。
「皆様の力で完全な未来を作りましょう」
タミは微笑んだ。
表面はにこやかだが、底のほうが冷たい。

ぷつ、ザーザー

テレビは砂嵐に戻り、
数秒すると、ニュース番組に戻った。
マモルがほうけたようにテレビを見ている。
「何、いまの」
ミハルが誰ともなく問いかける。
「あれが佐川様だよ。佐川タミ、同級生」
ネネは簡潔に説明する。
「…電波ジャックか?」
「多分」
「テレビが壊れたのじゃないのね」
「多分」
ネネは多分としか言えない。
今ので、信者みたいなのが増えただろう。
全部の局の電波ジャックだ。
すごいことが出来ると思わせるには十分だ。
そして、明日の朝にタミは本当の私というものを手に入れようとしている。
ネネは思う。
朝凪の町の教主が、理の器を手に入れるように動いている。
タミはそれとリンクしている。
そんな気がする。
明日の朝の凪に、空へと向かう。
ネネと勇者も飛ぶ。
レッドラムの線を断ちに。
タミが何を欲しているかはわからない。
本当のタミというのはなんなのだろう。
ネネはわからないが、この電波ジャックが混乱を招いたことだけはわかった。


次へ

前へ

インデックスへ戻る