選択


音がなくなる。

ネネは意識が動いていることに気がつく。
時間が止まっている?
ネネの身体は動かない。
ハヤトに向けて差し出された手が、
そのまま空中で動けない。
『ネネ』
ネネの頭の中で、鈴を転がすような声がする。
「ドライブ」
『ネネはこれでいいですか?』
ドライブは問いかける。
『ネネは線を操れます』
幾度となく聞いた言葉だ。
ネネはそんな実感はない。
『選んでください、ネネ』
「選ぶ?」
『このまま落ちるか、それとも』
「それとも?」
『理を越えて、線をいじってしまうか』
「理を越えて?」
『そう、理の器も関与できないところに関与します』
「そんなこと」
『一つをいじれば、連鎖的に、いろいろ変わってしまう危険を持っています』
ネネは考える。
そんなことをしたら、世界が変わってしまうかもしれない。
でも、こんな世界は嫌だ。
ネネが死んでしまうのではない。
ネネが落下して死んでもいいけれど、
ハヤトや、タミを救いたい。
『線をいじることは危険ですけれど』
「うん」
『この世界を変えることもできます』
ドライブは多分、ネネの考えを読んでいる。
その上で多分問いかけている。
「答えはわかっているでしょ」
『わかっています。でも、ネネからそれを聞きたいです』
ネネは目を閉じた感じをする。
ようやく微笑めたタミ、
約束をしたハヤト。
彼らを失うのはとても嫌だ。

ネネは目を開けた感じになる。
止まっている世界、
目の前にドライブの小さな身体。
薄ぼんやりと光っている。
『ネネは気がついていましたか?』
「わかんない、そうかもしれないとは、なんとなく思ってた」
ドライブがうなずく。
『私が、線を切り替える装置です』
ドライブは宣言する。
『運命も何もかもが、私の前では無力です』
ネネは、そうだろうなと思う。
線を切り替える力の前には無力だろう。
『でも、一度しか線を変えられません』
「だろうね」
『一度切り替えると、私は死にます』
「うん…」
ネネは、なんとなく予感していた。
ドライブに何かがあるだろうということ、
ドライブとはこれっきりのような予感。
「ドライブ」
『はい』
「あたしはいい飼い主だった?」
『角砂糖がとてもおいしかったのです』
「うん…」
『寝床もとても暖かかったのです』
「うん…」
『ネネはとてもいい飼い主でした。そして、いい友人でした。親友かもしれません』
視界が涙でめちゃめちゃになる。
何でみんな、そうやって幸せになろうとしないのだろう。
『幸せですよ』
ネネの前でドライブが小首をかしげる。
『今も、幸せです』
「ドライブ」
『名前をありがとう、居場所をありがとう』
「うん…」
『ネネのそばは、とても居心地がよかったのです』
視界が歪んだ中で、ドライブがたずねる。
『願い事はなんですか?』
それをかなえれば、ドライブは、死ぬ。
ドライブを生きさせると、みんな死ぬ。
それでもネネは願ってしまう。
「ドライブ」
『はい』

「落ちている彼らを救って」
ネネは願う。彼らの未来を。

『望みはそれでいいですか』
「うん」
『ネネが救われなくても?』
「十分だよ」
ドライブはネネの頭の中でため息をつく。
「ドライブ?」
『連鎖して世界が変わるかもしれません』
「それでも願うよ」
『わかりました』

ドライブが輝きだす。
ネネはまぶしさに目を閉じる。
ネネのまぶたの裏で、ドライブが小さな手を振る。
『バイバイ、ネネ』
「ドライブ」
言いかけたそこで、ネネの周りが動き出した。
また、落下だ。
ネネは目を開ける。
ハヤトが落ちている。
ネネはせめて手を取れないかと、もがく。
タミもハヤトも失ってはいけない。
ネネは空中であがく。
ネネの上で、光が放たれた。
ネネは感じる。
あれはドライブの光だ。


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