花咲きの勇者


ネネはまぶしい光を背にする。
そして、強く願う。
どうか彼らに未来を。
強く強く、願う。
ドライブが命をかけて光を放った。
それは線を切り替える力を持っている。
ネネは願う。
どうか彼らに未来を。

ネネの耳に、耳慣れない音がする。
ざわざわざわ。
何かがささやくような音。
思い出すのは、粘土細工屋のざわめき。
ネネは落ちながら、あたりを見る。
ネネの目にやがて、異変がうつる。

昭和島から落ちる瓦礫が、
手当たり次第に植物に埋もれる。
ざわざわと植物が埋めていく。
植物は生い茂り、落下のスピードを落としていく。
落っこちていたハヤトが、タミが、
植物の網に引っかかる。
ネネも植物の中に落ちる。
引っかかってゆっくりと落ちていく。

昭和島を取り囲んでいた嘆きのノイズさえ、
植物が生い茂って、霧のように消えていく。

そして、植物に花が咲く。
赤い赤い花が咲く。
すごい勢いで、何万もの何億もの花が咲く。
名前も知らない赤い花が、すごい勢いで咲いていく。
花がざわめく。
ざわざわざわと。

「ドライブ」
ネネはつぶやく。
ドライブは願いをかなえてくれた。
そのドライブはもういない。
「ドライブ」
もう、いない。
(ありがとうドライブ)
ネネの心の中で、螺子ネズミが手を振っている。
忘れたくない。忘れない。

花が舞う。
幾億ともつかない花が舞う。
赤い嵐だ。
「友井」
ボソッと声がかかる。
「友井がやったのか?」
「あたしだけじゃない」
ネネは空いた肩をなでる。
もう、ここに鎮座するネズミはいない。
「友井らしいなと思った」
「あたしらしい?」
「みんな助けるって思ったんじゃないかと、思う」
「そう、だね」
ネネが助けた世界に、ドライブはもういない。
「友井さんが勇者だね」
タミが微笑む。
「花咲きの勇者だ」
ハヤトが言う。
ネネの周りにふわりと花が舞う。
勇者の冠か何かのように、ネネの髪に花が舞う。
ネネの頭の中で、ドライブがくすくす笑っている気がする。
ドライブのいたずらのような気もするし、
ネネの思い込みのような気がする。
「友井は勇者だよ」
ネネは泣き出す。
うれしいのか悲しいのか、わからない、けれど。
ネネの心の中で、小さなネネが微笑んでいる。
心の中で、花の冠をかぶっている。
勇者だ。勇者なんだ。
花の中、三人がたたずむ。
ゆっくりと花の瓦礫が落ちていく。
ばらばらの瓦礫がゆっくり落ちていく。
誰も失わない。
誰もが救われた。
そのはず。
ネネの心の中の小さなネネは、もう、泣かない。
みんな不器用だっただけ。
守ろうと思えばそれが出来た。
でも、果てしなく不器用だった。
戦闘機が旋回している。
ネネは大きく手を振る。
ハヤトもタミも手を振る。

ドライブ。
ドライブ。
これでよかったのかな。
みんなを助けたよ。
千の線を断ったよ。
落ちていく昭和島を花で囲んだよ。
きっと朝凪の町の人も気がつく。
佐川さんは教団を続けることはないと思う。
ハヤトも勇者を続ける意味がなくなると思う。
ドライブ。
ドライブ。
あたしはこれでよかったのかな。
なんだか、ドライブがいないことを受け入れられないよ。
いつも一緒にいるのが当たり前で、
いなくなるなんて思わなかった。
ドライブ。
ドライブはどこに行ったのかな。
またドライブを探してしまう気がする。
突然やってきて、突然いなくなって、
ドライブはそれでも幸せだというの?

ネネの涙が止まらない。
喪失感が薄れることはない。
ハヤトがぽんぽんとネネの頭を叩いた。
「失ったものは、いつも心にいる」
ぼそぼそとハヤトが言う。
「伝説の映画監督、流山シンジの言葉だ」
ネネは不思議そうにハヤトを見る。
「一部のマニアしか知らないけどな」
「マニアなんだ」
「マニアかもしれないけれど、ここにいるとは思っていなかった」
ネネは空を見る。
誇らしげに花が咲き、戦闘機が舞っている。
ネネは微笑んだ。
これでもいいのかもしれない。


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