約束の朝
身体が出来上がった頃、
ネネは目を開いた。
いつものネネのベッド。
ネネは突っ伏している。
身体を動かそうとする。
鈍痛が少しする。
目覚ましは鳴っていない。
ネネは目覚ましのアラームをオフにする。
ネネは立ち上がって気がつく。
渡り靴を履いたままだ。
一応脱ぐ。
そして、カーテンを開く。
まぶしいほどの朝。
金色の朝の光。
(おはよう)
ネネの心の中で鈴を転がすような声がする。
「おはよう」
ネネは答える。
その声はすがすがしく。
心の中にずっといるのだろう。
ネネが忘れない限り、ずっと。
ずっと一緒だよ。
ネネが心に言葉を沈める。
笑い声がころころとした気がする。
ネネは渡り靴を持っていこうとするが、
渡り靴が見当たらない。
さっき脱いだはずなのに。
ドライブと一緒に消えてしまったのかもしれない。
ここまで運んで、役目が終わったのかもしれない。
「履き心地よかったのにな」
ネネはポツリとつぶやく。
ネネは部屋を出て階段を下りる。
ミハルが朝ごはんを作っている。
「おはよう」
「あら、おはよう」
マモルは新聞を読んでいる。
いつもの朝。
いつもの月曜日だ。
朝ごはんの片付けも手伝って、
ネネは学校へと向かう。
以前履いていた靴がへそを曲げたのか、
どうも足に馴染まない。
バスに乗り込み、しばらく揺られる。
通勤ラッシュまでとは行かないが、
それなりに混雑しているいつものバスだ。
金色の太陽の光がまぶしい。
ネネは光の池を思い出す。
朝凪の町の上で、
光をたたえた池。
朝の光はまぶしくてきれい。
こんな風景を素通りしてきて、
美しいものが当たり前だったのかと、少しだけ、感動する。
バスを降り、学校まで歩く。
いつものように学校の昇降口まで来て、
ネネはふっと思う。
(佐川さん、占いで団体作ってたよな)
気配も姿かたちもない。
ネネが大きく線を切り替えたときに、
連鎖して、なかったことになっているのかもしれない。
(何が変わっているやら、ちょっと怖いね)
ネネは一人で、ふざけて震えるそぶりをしてみる。
誰も気がつかずに通り過ぎていく。
いつもの学校。
佐川様なんて聞こえない学校。
ネネは席につくと、朝のホームルームを待った。
ホームルームで、テストの成績がよかったと担任が言う。
「まぁ、この水準を維持するのは難しかろうが、ほどほどがんばれ」
担任はそういってホームルームを締め、
いつもの授業が始まる。
ネネは教室の中を見回す。
タミはいない。
マナもいない。
それがあたりまえになっている。
向こうに行ってしまったんだろうか。
それはそれでいいのかもしれない。
昼休みになって、
ネネが昼ごはんを食べて一息つくと、
ハヤトがやってきた。
「今日の放課後、あいてるか?」
「あいてるよ。約束したしね」
ネネは微笑む。
「辻はあっちに行ったんだな」
「だろうね」
「佐川もなかったことになってる」
「うん」
「それでも俺は覚えてる」
「あたしも覚えてるよ」
ネネはハヤトを見つめる。
「朝凪の町の勇者」
ハヤトは苦笑いする。
「勇者は一人では何も出来ない」
「でも、ハヤトは勇者だった」
「勇者は友井だよ」
「はい?」
思わず声がひっくり返る。
「今度の絵は、花咲きの勇者にしようと思うんだ」
「花咲きのって、あの?」
ハヤトは誇らしげにうなずく。
「すごい、いいのが描ける予感がするんだ」
「うわ、なに、ちょっと」
「うん?」
「なんか恥ずかしいよ」
「傑作のモデルになるんだ。今日の放課後は真剣勝負だ!」
「うわー、なにそれー」
ハヤトが笑う。
ネネも笑う。
赤い花の瓦礫の思い出たちも笑う。
みんな笑う。
これは野暮な女子高生の物語。
線の上を踊り子のようにわたり、
幾千もの線を切り替えた、
花咲きの勇者の物語。
おしまい