はじまり


それは、いつものように、ゆっくりとした昼下がりだった。
気をつければ鳥の鳴き声が聞こえ、
意識を放り出して昼寝をするのにも適していた。
ルート、こと、ルート・アマンドは
この昼下がりの時間を読書に費やしていた。
体格は少したくましく、本を読むには似つかわしくなく、
さらに、童顔は体格にもっと似つかわしくなかった。
癖のない短い茶色の髪が、
時々、書いてあることが理解できないという苛立ちでくしゃくしゃになる。
ルート・アマンド。弱冠20才。
この近辺では、少し知られている剣士である。

ルートは、それなりの剣の師匠のもと、
幼い頃から、剣の修行を積んである。
ルートの剣の腕前の噂を聞きつけ、
腕試しを申し込んだものもいたが、
結局ルートは無敗だ。
戦いなどにおける、勘が、半端ではないらしい。
その腕を見込まれ、様々のことを頼まれることがある。
ルートはそういうことで、生計を立てていた。

鳥の鳴き声の中に足音が混じるのを聞いた。
走る速度の足音。近づいてくる。
ルートは愛剣を手元に引き寄せておく。
そして、ノックがする。
ココン!と素早く2回。
ルートの顔に笑みらしいものが浮かぶ。
家主の許可を聞かずに、ノックの主は入室してきた。
「ルート!」
明るい声、明るい茶色の髪、同じ色の瞳。
「やっぱりテルか…」
「やっぱりって何だよ!それより…」
テル、ことテル・M・ヴァーン。19才。職業技術者。ルートの幼なじみ。
少年というには大人びている。
かといって、青年というにも幼い。
紫色の作業服に、紫色のジャケットを羽織り、同じ色の帽子をちょこんと乗せている。
彼はここに来た理由を早口で捲し立てた。
要約して、発明家の父親が呼んでいる、とのこと。
「また、材料の調達か…」
「父さんはナンセンスだ!調達なら…」
テルはナンセンスをことさらに強調して話す。
ルートはそんなテルの頭をポンポンと叩くと、外出の支度をはじめた。
軽い鎧と愛剣。そして、薬がいくつか。
「さて、いくか」

ルートの小屋から村…ファナという名の村、までは少し距離がある。
彼自身が距離を置きたかったから、だと聞いたが、
テル自身は、距離を置きたい理由が分からなかった。

この近辺にいる雑魚モンスターが邪魔をしに向かってきて、
それらがファナの村までに出現し、一応倒した。

ファナの村に到着すると同時に、声が近づいてきた。
「ルートぉ!会いたかったのよぉ!」
彼女はそのままルートの胸に飛び込み、大袈裟なまでに泣いた。
少し小柄なシスターである。
白を基調にした、清楚な服に身を包んでいるが、
自分の世界に入り込んでいるのか、
ルートの声はなかなか届かない。
「…イリス…離れてくれないかな…今日は、用事があってきたんだ」
「そうやって、用が済んだら、私に別れも告げずに、どこかへ行ってしまうのね!ルートはいつもそう!私がどんなに心配していても…そんなの…そんなの…」
イリスと呼ばれたシスターは、悲劇のヒロインのように何かに陶酔しているようだ。
「とにかく、テルの父親から用件を聞きに行くところなんだ。失礼するよ」
まだ何か言っているイリスを残して、ルートとテルは
テルの自宅、ヴァーン研究所へとやってきた。

出迎えたのは白髪の長い老博士。
テルの父親エレキ・M・ヴァーンである。
「用件を説明しよう…」
概要は、南にある月の森に長老の樹がある。その樹皮をとってきてほしい、とのこと。
「サイズは最低でも手のひら程度。多ければ多いほどいい。報酬ははずむ」
「まったく…月の森までだったら父さんが行けばいいのに…ナンセンスな…」
父親が激昂。
「ナンセンスとはなんだ!ワシだってこんなナンセンスな子供を…」
ナンセンス合戦を強制中断させてルートは月の森へ向かうことにした。
薬をいくつか買い込み、村の出口にいくと、イリスがいた。

「また、どこか行ってしまうの」
「ああ、月の森まで」
隠す必要もない、とルートは話す。
「そんな危険なところへ!?私も行くっ!ルートにもしものことがあったら、私…私…」
「月の森はそんなに危険なところじゃ…」
テルの言葉をイリスは聞いていない。
「あたしって、ほら、回復魔法使えるでしょ、だから、お願い、あたしも連れていって!」
ルートとテルは、大きく溜息を吐き、諦めて連れて行くことにした。

いつもどういうわけか濃い霧に覆われている月の森。
視界が悪く、湿気が高い。
人間の形を認めると、それはこの森特有の木人(ぼくじん)というモンスターだったりする。
風はなく、水滴がまとわりつく。
剣の刃から切っ先へ水滴が伝って落ちた。
ルートの足元には、既に3体の木人の残骸が転がっていた。
「多すぎる…」
荒い息をつきながら、ルートはそれだけ口にした。
森へと入って数刻もしていない。それで9体、ルートは斬った。
テルが得意の雷魔法で仕留めた分も加えれば、倍近くになる。
「ゼィゼィ…この数…ナンセンスですよ…」
「何かの前触れかしら…?」
戦闘に参加していないイリスは息を乱していない。
「さぁ…しかし、嫌な予感だけはするな…」
霧の向こうから、ぎこちなく近づく人影
帰りの分の薬を考えると、無駄な戦闘は避けて通りたいところだ。
ルートが舌打ちする。
「テル!長老の樹まで距離は!?」
「障害さえなければ走って3分です!」
「木偶人形め…」
ルートが走り出す。テルとイリスが追う
視界の悪い霧の向こうで
テルは木人たちが斬られる断末魔を聞いた。

月の森にぽっかりと開いた広場。
ここだけ霧は晴れており、
大きな樹が1本。長老の樹だ。
「これの樹皮を…と」
テルは作業ナイフで樹皮を器用にはがす。
振動が一回。
「何だ?」
さらに、揺れが二回。
ルートは臨戦態勢をとる。
その間もテルは樹皮をはがし続けて…
「…っと終わりました。さあ、帰りましょう」
仲間に振り向いたテルの後ろで樹が揺らいだ
「こいつだ!」
ルートが叫ぶ。
枝が鋭利な指のように地に突き刺さる。
「トレントって奴ですね…」
間一髪でかわしたテルも臨戦態勢をとる。
木人が続々と集まってくる。
「この樹が親でしたのね…」
「親というよりも、本体だな。きっとこいつを倒せば木人はがらくたに戻る」
「ルート、その理論に根拠は?」
ルートはにやりと笑った
「勘だ」

「木人は出来る限りよけろ、時間の無駄だ。本体を集中攻撃する!」
言うと同時にルートは地を蹴っていた。
斬る。
トレントの右枝が何本か落ちる。
「サンダー!」
間髪を入れないテルの雷魔法。
イリスはその間、回復魔法の詠唱をしている。
「もう一度、サンダー!」
雷撃が命中する。
トレントの反撃、残った枝が槍のように飛んでくる。
ルートの腕の表面が一部、抉られた。
「ヒール!」
イリスがルートの回復をする。
ルートは再び地を蹴る。
「とどめだぁっ!」
大きく跳躍。
ルートの大きな剣がトレントをなぎ払った。
そして、トレントも木人も動かなくなった。

「ナンセンス極まりない出来事でしたね…」
「…帰るぞ、その皮を届ければ、仕事は終わりだ」
イリスは全員分の回復をし、
パーティーは帰路についた。

この場にいた誰もが、
これで終わりだと思っていた。
しかし、これが始まりなのである。


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