芸術


パンダはこの時代において、
破壊と殺戮を繰り返している。
パンダの増殖で滅びた動物も少なくない。
それでもパンダは増える。
数百年、人がパンダに組み込んだ繁殖の遺伝子にのっとって。

パンダは邪魔なものは容赦なく破壊する。
ただ、パンダが破壊しないものもある。
人はまだ知らないが、
それは芸術というものだ。
パンダは芸術を理解することができる。
言葉ではなく、直感で。
パンダはそれだけは壊さない。

それは、人のいじった遺伝子による作用なのか、
パンダが根本から持っているものか。
わからないが、
パンダは芸術と呼ばれるものを壊さない。
美しいというものを知っているのかもしれない。

パンダを守るラブパンダと、
パンダを殺す白黒の敵とで、
小競り合いがたまにある。
そういったときに芸術や歴史が失われる。
その責任を人はとらない。
パンダが壊したことにされてしまう。
パンダの本能に悲しみというものはないが、
失われていく重みを、
パンダだけは知っているのかもしれない。

パンダは本能で生きている。
その本能に語りかけるすべを、
人は持っているのに、知らない。
白黒の敵も、ラブパンダも、
パンダとわかりあえるとは思っていない。
パンダと人間は全然別の生き物だと。
別の生き物で、何もかもわからないと。
そんな風に思われている。

ここで、とある少女がパンダに襲われたときの話をする。
少女は町から家に帰る帰り道で、
野良三毛パンダに遭遇した。
言うまでもなく、三毛になったパンダは、動くものほとんどを殺す。
動物ではない、獣か魔物かもしれない。
当然、少女は逃げようとした。
野良三毛パンダは俊敏に追ってくる。
逃げるものを追う本能なのか、
いたぶるのかはわからなかったが、
少女は刷り込まれた教育のままに逃げた。
パンダに殺されると、少女は本気で思った。
(死にたくない!)
少女は強く願った。
(この本を読み終えるまでは!)
少女は、本を抱きしめ、走る。

少女はつまづき、転んでしまう。
パンダはそこにやってくる。
パンダが腕を振り上げる。その一撃で死ぬに違いないと少女は目をつぶった。
だが、いつまでたっても一撃は来ない。

少女は恐る恐る目を開ける。
目の前にパンダがいる。
パンダは少女の抱きかかえている本をしげしげと見て、
こくりとうなずいた。
少女も、反射的にうなずき返した。
野良三毛パンダは、何か満足したように、少女のもとを去っていった。

「ご先祖様が守ってくれたのかな」

少女は抱えていた本を見る。
五百年前の同人誌と呼ばれるものが、奇跡的にそこにあった。


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