死神


「お迎えはまだかしらね」
老婆はつぶやく。
そこは日当たりのいい縁側。
老婆は茶を飲んでいる。
隣で笹団子を手にとって、
むしゃむしゃ食べているものがいる。
無言だ。
老婆はいてもいなくても同じように、
のんびりと茶を飲んでいる。

人口はこの数百年で、
かなり減った。
老人人口が増えては、
生きるだけ生き抜いて、死んでいった。
悲しいなと老婆は思う。
生き抜いても、一人ぼっちじゃないかと。
政府は、老人というものを、
切り離すという政策に出たらしい。
ある程度の年がきたら、
強制的に殺されるという噂だ。
そうやって、社会をちゃんと作り直そうという。
悲しいなと老婆は思う。
パンダから身を守れない、
そして、未来がない老人は、
政府から保護に値しないと思われたのだろう。
政治家はいつだって老人ばかりなのに。
老婆には、権力はない。
ただ、悲しい。それすらも伝えることができない。

噂では、老人を殺しに死神が来るという。
死神に殺されて、やっと終わりになるという。

「もう、何年もここに来る人なんていなかったんですよ」
老婆は笑う。
隣で笹団子を食べているものに向かって。
「あなたが死神さん?」
老婆はちょっぴり期待する。
隣は無口だ。
何も言わない。
老婆はそれでいいと思った。
こんなにあたたかい陽だまりの中で、
穏やかに死を迎えられるなら悪くないと。

「笹かまぼこはどう?」
老婆は笹かまぼこを取り出す。
むしゃむしゃと隣で食べられる。
老婆は目を細めて笑う。
家族というもの、みんなと連絡がつかなくなったけど、
こんなに食べる人がそばにいて、死ぬのもいいなと老婆は思う。

どうにも老婆は目が悪い。
隣にいるものが何者なのかを老婆は知らない。
気がついたら縁側に腰掛けていたから、
老婆はそこでお茶を飲みつつ、笹団子と笹かまぼこを出した。
それだけだ。

「お迎えはまだかしらね」
老婆はつぶやく。
この、悲しい時代から、
ちょっとでも早く、
愛する夫のもとに行きたいと、
老婆は願う。
夫はどんな顔をするだろうか。
パンダに殺されたと噂で聞いたけれども、
死に顔は安らかだったのを覚えている。
パンダを恐怖だと教えられた世代には、
信じられないかもしれないけど。

隣にいたものが、すっと立ち上がる。
死神が鎌を振るうように、
腕を振り上げる。

それはパンダだ。
隣にいたのは、ずっとパンダだった。

老婆は湯飲みをそっと横に置くと、
「お待ちいたしておりました」
と、深々と挨拶した。


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