乾きの治療院
ぼんやりした太陽が、ネフロスとパキラ、そして、タムを照らしている。
彼らは、清流通り三番街から、中心の噴水を目指す。
そして、清流通り四番街に入る。
「気をつけてね、タム」
パキラが歩きながらタムに声をかけた。
「四番街は、乾きの治療院から出てくる水で、あちこち溝が掘られてるの」
「溝って…うわ」
タムは足を溝に引っ掛けた。
つんのめったが、転びはしなかった。
パキラは面白そうに笑った。
「表側の世界の石畳を深くした感じかな。まぁ、それを気をつけてねと」
「…気をつけます」
清流通り四番街は、石畳の隙間を、水が流れている。
その水はどうやら、四番街の入り口のあたりで、ギミックによって噴水に流れ込んでいるようだ。
四番街を歩く。
さらさらと水の流れる音が、石畳の隙間からした。
「これだけの水が、乾きの治療院から?」
「そうだ」
ネフロスが答える。
「乾きの治療院は、俺たちが必要とする水を一度奪う」
「それって…大丈夫なんですか?」
「アイビーも言っていただろう。特殊だと」
「そりゃ、言ってましたけど…」
「とにかく、一度乾かし、そして、己の生命力を確認する。そういうところだ」
「表側の世界の、苦行とか修行みたいですね」
タムは表側の世界の記憶から言葉を持ち出す。
「俺はよくわからないがな。とにかく、名目は治療院だ」
「そこから、こんなに水が?」
「言っただろう。乾かしているんだ」
「外の水も入らないようにしてるしね」
タムは急に、四番街を流れる水が怖くなった気がした。
ネフロスとパキラは先に歩いていく。
タムはあわててついていった。
乾きの治療院は、白い漆喰の塗られた、わりと大きな建物だった。
タムはひょっこり門の中を覗き込んだ。
建物の中から、絶え間なく水があふれている。
それが、四番街に流れ込んでいる。
「はい、タム」
パキラがコップを差し出した。なみなみと水が注がれている。
「これ飲んでおかないと、中で乾くわよ」
「あ、はい、いただきます」
タムは水を飲みながら、通ってきた四番街を見た。
裏側の世界の住人たちは、器用に石畳の上を歩いている。
「乾きの治療院の水で、ここは水が好きな住人が集まってるのよ」
言われれば、石畳に流れる水は、まるで草の根のように四番街に染み渡り、
その多くは住宅街のようだった。
「ここに住んでいるのは、ハイドロカルチャーと呼ばれる連中が多い」
「そ、水がたらふく必要な方々ね」
「じゃあ、何で乾きの治療院が必要なんですか?」
「いろんな住人がいるってこと、わかりなさいよ、タム」
タムは、水を飲み干した。
腰にぶら下げた赤い袋も確認する。
タムはタムなりに覚悟を決めた。
「害虫駆除、だったな」
ネフロスが鋭い目で、乾きの治療院を見る。
パキラはくりっとした目で、同じように治療院を見た。
彼らはタムとは違う、袋を取り出した。
「エリクシルのメンバーに手を出したことを、後悔させてやるぜ」
ネフロスは物騒にそう言ったが、
「相手は害虫よ、覚えてるわけないわ…けど」
「けど?」
タムが彼らを見て、聞き返す。
「害虫は殲滅よ。でないと、ベアーグラスは生き残れない」
ネフロスが乾きの治療院の門をくぐる。
パキラが続き、タムも続いた。
表門をくぐり、玄関に入る。
案内の者が、窓口にいる。
赤い髪をぶわっと開いている。
応対はにこやかだが、どこかでガンガンロックでもかけていそうだ。
名札には、ファイアーボール、とある。
なるほどなぁとタムは思った。
「確認いたします。水はお飲みになられましたか?」
彼らはうなずいた。
「では、今日はどのようなご用件でしょう」
ファイアーボールがにこやかに応対する。
「エリクシルです。311号室のベアーグラスに面会と害虫駆除を」
ネフロスが簡潔に用件を告げた。
ファイアーボールは、ぱちりぽちりと小さなスイッチをいじる。
「311号室はただいま隔離を解きました。早急に対処を願います」
「ありがとう」
ネフロスは礼を言った。
「さぁ、乾きたくなければ速攻でけりつけるぞ」
「行くわよ、タム!」
彼らは311号室に向かって走り出した。
タムはあわててあとを追った。