夜がまた来る


タムはよくわからない本を、よくわからないなりに読んだ。
結果、ネフロスの言ったことくらいしかわからなかった。
棚からしおりを取り出し、はさむ。
うーんと伸びをした。
『タム、俺、眠い』
シンゴがあくび交じりに話しかけてきた。
タムはぼんやりした太陽が、どうやら沈みかけ、
雨恵の町が暗くなってきていることに気がついた。
「シンゴ寝るといいよ」
『タムはどうなんだろう』
「うーん…」
タムは考え、新しい大きな歯車を回すことにした。
ぎーこーぎーこー
プミラに少し軽いように調節してもらえばよかったと、ちょっと後悔した。
天井から扉が下がってきて、部屋の真ん中にぶら下がった。
そして、机と椅子をしまいに、違う大きな歯車を回す。
本も机も椅子も壁に戻っていった。
「これでよしと」
『いいの?』
シンゴが不思議そうに聞く。
「僕は表側の世界だと、あちこち行っちゃうから、ここに扉をつなげておかないと」
『ふぅん』
シンゴは大あくびをした。
「僕は寝ている間に、表側の世界に戻るんだって」
『よくわからない仕組みだね』
「僕もよくわかんないけど、また来るよ」
『俺も寝る、おやすみー』
シンゴは疲れたようにそう言うと、ふわりと窓から出て行った。
タムは、やっぱり眠い気がした。
ベッドに横になる。
ベッドサイドに、おまけにもらった包み。
「多分命の水なんだろうなぁ…きっと銃弾の」
アイビーもネフロスもシンゴも、今のタムが扱うには、危険と警告していた。
裏側の世界では大人ではないのだ。
タムは少しばかり悔しく思ったが、
眠気に勝てなかった。
いろんなことがあった。
ベアーグラスのこと、雨の葬儀、ネフロスの説明、プミラが来たこと、ポトスが泣いたこと。
タムは胎児のように身体を丸める。
おまけの包みを引き寄せて、あくびを一つ。
そして、タムは眠りに落ちていった。

壊れた時計の刻みを感じる。
ああ、いつもの感覚だ。
長針短針秒針、みんな好き勝手にぐるぐる回っている。
中のギミックは、生真面目に刻みを入れている。
タムの壊れた時計。
かちこちとなる刻みと、タムの意識が同調した。
タムはゆっくりと闇に沈んでいくような気がした。
タムのベッドに沈んでいって、
タムの部屋が遠くなる。
ギミックだらけのアジトが遠くなる。
まだ行ったことのない場所の多い、雨恵の町が遠ざかる。
タムは闇の中に落ちていく。
それは心地よい闇だった。

おまけの包みを開けそびれたな…
タムは朦朧とした意識でそう思った。
今は眠ろう。タムは眠るんだ。
かちこちかちこち。
壊れた時計が鳴っている。
タムは感じる。
表側、裏側、どちらの世界にも、僕はいること。
タムであり、緑だ。
それは鏡みたいなものであり、
きっと同じではない。
それでも僕ではある。
タムは沈んでいく中で、
以前体験した、誰かとつながっている感覚を持った。
刻みの違う、誰かと、つながっている。
(アイビー?)
(ベアーグラス?)
タムは名前を思い浮かべるが、
どれもがそうのようで、どれもが違う気がした。
誰かとタムはつながっている。
アジトのみんなかもしれない。
それとも…わからない誰かとつながっているのかもしれない。
タムはまどろみに身をゆだね、
刻みの違う時計の音に耳を傾けた。
鼓動のような感覚。
タムは鼓動の中にいるのかもしれない。
近く遠く。
タムはその世界にいる。
タムは落ちていくタムを見ながら、
闇の水面へ落ちていった。
水面には緑がうつる。
こちら側にはタムがいる。
彼は、水面で融合する彼らを見る。
タムであり、緑である水面を見る、タムと緑を内包した彼。
二人で一つ、一人で二つ。
表であり裏であり、どちらでもない。
落ちているようで浮かび上がっている。
水面は光り輝き…

ジリリリリ
やかましい目覚ましの音が鳴った。


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