つながる約束


タムとベアーグラスは、
噴水のある広場から、清流通り三番街に入り、
池のふち二巻きにやってきた。
「懐かしい感じがする」
ベアーグラスがつぶやく。
そして、エリクシルのアジトの前にやってきた。
タムは控えめに扉を叩く。
「ええと、ただいま帰りました」
キリキリキリキリと、ドアの内側でかすかに、歯車やギミックの動く音がする。
チーンと、安っぽい金属の音がして、
ドアノブが動いた。
「行こう」
タムはベアーグラスの手をひいて、アジトに迎え入れた。
二人が入ると、扉はギィと閉まり、
ガチャ、チャカチャカ、チーン、と、ロックがされたらしい。
「ここ、覚えている気がする」
「そんな気がするならそうなんだよ」
タムはとりあえず、グラスルーツ管理室に向かうことにした。
「行くよ」
「うん、グラスルーツ?」
「そう、ここの管理室」
タムはベアーグラスの手を引き、グラスルーツ管理室に向かった。
大体一階の、ちょっと奥の方。
やや明るいアジト。
ごとーんごとーん、からからから…
いつものようにギミックの音がする。
タムとベアーグラスは、ギミックやコードの仕掛けの間をくぐりながら、
グラスルーツ管理室を目指した。

こんこん
タムはグラスルーツ管理室の扉をノックをする。
「どうぞ」
静かな声が入室を促す。
タムはゆっくり扉を開いた。
いつものようにアイビーが多くのギミックを相手にしている。
「グラスルーツ経由で、ワイヤープランツ男爵より報告が来ています。ご苦労様」
アイビーはタムをねぎらった。
そして、ベアーグラスに、アイビーは視線を移す。
「お帰りなさい…には、早すぎるかしら」
「途切れ途切れにしか覚えていないのです」
ベアーグラスは答えた。
「グラスルーツにあなたの記憶が残っています。接続も可能です」
「あの…」
「怖いのかしら?」
アイビーは問いかけ、ベアーグラスはうなずいた。
「別の自分になりそうで怖いんです」
アイビーは微笑んだ。
「赤い袋」
「え?」
「その赤い袋、どうして手に入れたのかしら?」
「え、あの、薬屋で、大切なものだと思って、そこに壊れた時計があって…」
「どうして大切なものだったか、そう思うのか。あなたの残した記憶にあります」
ベアーグラスは黙った。
アイビーは静かに続けた。
「きっと、記憶を取り戻すことで、あなたの思いは一つにつながると推測します」
「ひとつに?」
「乾きのベアーグラス、壊れた時計のベアーグラス、新しいベアーグラス、全てが」
ベアーグラスは目を伏せた。
不安なのだろうとタムは思った。
「あの」
タムがようやく声をかけた。
「どんなベアーグラスさんでも、大切ですから」
ベアーグラスが、タムの手を握った。
強く、強く。
「取り戻してくる」
ベアーグラスはしっかりとそう言った。
アイビーが柔らかく微笑んだ。
「タムも見ていて、グラスルーツはこんなことも出来るの」
アイビーは、机の上の複雑で小さなギミックをすごいスピードでいじりだした。
ベアーグラスが、導かれるように、グラスルーツ管理室の空間へと歩き出す。
タムは見守る。
ちり、ちりと音がする。
管とも配線ともつかない細い線が、
グラスルーツ管理室のあちこちから張り出す。
ぱちぱちぱち、かちかちかち、
アイビーはすごいスピードでギミックをいじる。
ちりちりと細い線はベアーグラスを包むようにのびる。
タムは思う、これがグラスルーツの形になったものだと。
ベアーグラスは目を閉じた。
そして、細い線はベアーグラスをまゆのように包み込む。
ゆっくりなのか早いのかはわからない。
時計は壊れているのだ。
ベアーグラスのワンピースが隠れる。
そこには、白いまゆがあった。
発光して見える。
ベアーグラスの影が見える。
「転送」
アイビーが静かに告げた。
まゆはまばゆいほどの光を放った。

それは一瞬のことだったのか、遠い時間だったのか。
タムはよくわからなかった。
しゅるしゅる…
ぱちりぱち…
ベアーグラスを包み込んでいた細い線は、グラスルーツ管理室の壁に戻っていった。
アイビーは複雑なギミックを、ゆっくりといじって、やがて止まった。
空間には、ベアーグラスが先ほどと変わらぬ姿でいた。
ベアーグラスが目を開けた。
黒い、意思を持った目だ。
「あなたの名前を聞かせて」
ベアーグラスは、タムに問いかける。
「アジアンタム。タムでいいです」
ベアーグラスは微笑んだ。
「あの時は薬をありがとう。約束どおり、また会えたね」
ベアーグラスは、帰って来た。


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