正しい電波
電波とは世界だと、フウセンは思う。
フウセンは電波局の技師をつとめている。
電波局は電気街中心の管轄でもあり、
人々の健全な生活に欠かせないものでもある。
人々は健全な電波局の電波を受信して、
穏やかに生きていくことができる。
そもそも、電波とは。
文字通り電気の波のわけだ。
この世界が生み出している、目に見えない波の総称といってもいい。
人は知らずにその波の影響を受ける。
世界に漂っている電波というものは、本来微々たる物だ。
しかし、電波局で電波は増幅され、
そして、空中線で拾われ、受信機を通すと、それは人に作用する。
電波というものが高濃度になったと思ってもらいたい。
電波局の合法なものを受信するのなら、
電波としては問題はない。
ただ、違法局も天狼星の町にはある。
それに、磁界によってゆがんでしまっている電波もある。
すべての人が正しい電波を受け取れているわけでないのが実情だ。
電波とは世界そのものだと、フウセンはまた、思う。
天狼星の町だけでも、電波はかくも錯綜している。
空中線の向きに電波技師をわざわざ使うのも、
人が正しい電波を受け取ることができると信じたいから。
自分が正しいと信じたいから。
フウセンはその思いを理解する。
なぜならフウセンもまた、自分の請け負っている電波が正しいものだと信じたいからだ。
電波は言葉があるわけでもない、
機器を通して波の形が少しわかる程度だ。
電波の姿はわからない。
でも、この波が、人に影響を及ぼすという。
人の内側をかき乱すこともあるという。
フウセンは自分を正当化したがっている、弱いものだと自覚している。
少し膨れた身体で、今日も電波局の機器をいじっている。
今、住民の正しさは、自分の手の中にある。
フウセンは時折そんなことを思う。
電波の具合をかえれば、天狼星の町も変わってしまう。
フウセンはそこに思い至り、ぞっとする。
正しくない電波が当たった気がする。
フウセンは気持ちを押し殺して、電波の機器を今日もいじる。
世界はフウセンの手にあり、
また同時に、フウセンは世界を変えられない。
フウセンはよくわかっている。