03
絵師
斜陽街に、不意に迷い込んだ男がいる。
黒っぽい和装で、髪は少しだけ長い。
若い男だ。
のぞく目は細く糸目で、
体格は全体的に細い。
男はその手に筆を持っている。
きれいな紅色の筆に、なんともいえない色が乗っている。
なぜこの町に迷い込んだのかを、
男は、知らない。
ただ、描く絵を追い求めるうちに、
こんなところに迷い込んだのかもしれないと、
男はなんとなく思う。
男は、自称絵師だ。
今のところ。
絵師は懐から紙を取り出す。
斜陽街の町並みを、糸目でじっと見つめると、
紅色の筆を走らせる。
ためらいなく、一気に。
あらわれるのは、なんともいえない斜陽街のかたち。
色合い濃淡まで、紅色の筆からあらわれる。
一見して白黒にも色鮮やかにも見える。
不思議で、言葉にするのが難しい代物だ。
一息に描ききり、
絵師はため息をつく。
確かに面白い街に迷い込んだけれど、
これだけでは終わらないような気がする。
もといた場所にあったような、
何かに巻き込まれる予感がする。
そこでは絵師とは名乗っていなかったけれど、
ここでは絵師でいいだろうかと、彼は思う。
絵師は描いた斜陽街を紙飛行機にすると、
ふわりと飛ばした。
斜陽街の町並みに、
紙飛行機はすっととけるようになくなって、同化した。
絵師と名乗っていなかった彼、
絵を楽しんでいた彼。
絵師はそんなことを、とりとめもなく思う。
絵師をするにはちょっといろいろ、ありすぎたかもしれない。
紅色の筆を持って、
絵師はふらふらと斜陽街を歩く。
住人は、異邦人である絵師も、
今までいたもののように扱ってくれる。
優しさでもあるのだろうし、無関心に近いのかもしれない。
風が吹いたような気がした。
ここの風はなんだかちょっとだけ違う気がすると絵師は思う。
何かを表しているような。
ふっと絵師は、ある言葉にたどり着き、微笑む。
「歓迎、っすか」
そんな風が吹く町も、いいかもしれないと絵師は思った。