04
月下


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

大きな丸い月の出ている世界。
冴え冴えと明るく、
白い冷たい明かりを放っている。
その下は森。
うっそうと樹木が生い茂り、
何かを包み込んでいるような、
何かを隠しているような、
文明の手がついていない森に見える。

風はさわさわと、
かすかに葉を揺らす。
何かが潜んでいるような気配。
気配は森そのものに拡散して、
森のいずこにも、何かがいるような錯覚をする。
あるいは動物かもしれない。
森に動物、当たり前のことかもしれない。
あるいは、何か別の存在かもしれない。
月明かりがかすかに届く森の中で、
何かが、いる。

不意に、風が途切れるような気配。
そして、緊張に包まれたそのとき、
高らかに、遠吠えが聞こえ出す。
森のどこかから、
ここにいると、叫んでいるように、
遠吠えは繰り返される。

月明かりのきれいな森。
響く獣の遠吠え。
おびえるわけでなく、
悲しむわけでもなく、
森は獣を包み込んでいる。
犬より誇り高く思えるその遠吠えは、
狼のそれなのかもしれない。

月下に、狼がほえている。
一匹なのかもしれない。
誰かを求めているのかもしれない。
風はさわさわとまた吹き始める。
森に月の光が少しだけ落ちる。
子守唄のように、
狼の遠吠えが遠く近く。

狼はどこかで、
月の狂気で変身するというのを、
誰かが知っているかどうか。
静かな月の光は狂気には少し遠くて、
その下で繰り返される遠吠えも、
変身するには、少し悲しい。

やがて、誇り高き遠吠えは、
月の明かりに、とけたように聞こえなくなった。
気が済んだのかもしれないし、
何かを見つけたのか、
何かに見つけられたのか、
あるいは本当にとけてしまったのか。
それはわからない。

孤独に耐えかねて、変身してしまったのか、
それもわからない。

人になった狼がいても、逃げないで欲しいと、
狼だって一匹だけでは寂しいのだと、
月が思ったかはわからない。


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