08
不眠


少年は探偵を探している。
世界一の探偵を。
少年は眠れない。
眠りという身体の現象はあるようだが、
夢を見ない。
少年は、夢を失っている。

眠らないこと、夢を見ないことを、
不自由だと感じたことはあまりなかった。
過去形だ。
夢が気がついたらなくなってしまっていて、
少年にとっては夢がないことが当たり前だった。
でも、少年は気がついてしまった。
みんな夢を持っていると。
心の内側に、
夢を持っていて、それでバランスが取れているのだと。

少年はそのことに気がついてしまった。
将来の夢という、
憧れと同義のことも、
少年は持っていないことに気がついてしまった。
成長するにしたがって、
日常にかえってしまう夢を、
心の内側に根ざすであろう夢を、
少年は持っていなかった。
それに気がついてしまった。

少年は、不思議な少女と空を飛んだ。
それは夢でない。
空を飛ぶ少女がいた。
少年はマフィアに追われていた。
夢でない。
あいつらは少年の夢が、邪魔らしい。
夢を手に入れなくちゃと少年は思う。

少年は扉をくぐって、
斜陽街へとやってきた。
風の噂に聞いた、
世界一の探偵がいるという街だ。

この街の探偵ならば、
少年の夢を見つけてくれるだろうか。
憧れも、ときめきも、
言葉だけ知っているいろいろなものも、
わからなくなっている様々の感情も、
全部見つけ出してくれるだろうか。
世界一の探偵ならば、あるいは。

少年は…カヨは、
改めて斜陽街という街の空気を吸った。
風の匂いがする。
その匂いは、少女を思わせた。
海の向こうから来たと、空を飛ぶ少女は言っていた。
カヨは斜陽街の空を見て、
少女の記憶をなぞる。
名前が思い出せないけれど、
夢を手に入れたら真っ先に報告しよう。

カヨは歩き出す。
斜陽街のごみごみした路地を。
世界一の探偵といわれる探偵のもとへ。


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