09
水彩画


シキはいつものように、
ふよふよと浮いて、斜陽街を散歩している。
シキはいろいろな色の乗っている、
空を飛ぶ魚だ。
大きさは池の鯉程度。
大きくもないし小さくもない。
以前いろいろあったけれども、
シキはシキなりに、斜陽街の住人になっている。
人というのは少し違うかもしれないけれど、
とりあえずシキは住人だ。魚だけども。

シキは見慣れない人物を見つけた。
黒っぽい和装の、細身の男。
紅色の筆を持っている。
じっと斜陽街を見ているようでもあり、
何か考え込んでいる風でもあり、
また、迷っているようにも見えた。

「よぉ」
シキは近づいていって、声をかけた。
男は、少しだけ驚いたようだった。
「…魚、っすか?」
「おう、俺は魚だ」
「空飛んでるっすね」
「そういうものだからな」
斜陽街の住人が、みんな当たり前だと思っていることに、
驚かれると、ちょっと面白い。
「俺は空飛ぶ魚のシキってんだ、あんたは?」
シキは男に尋ねる。
「絵師の男ってことにしてもらえますか」
「絵師か。職業で名乗るのか」
「まぁ、そんなところっす」
絵師の男は妙な口調でしゃべる。
敬語がちょっと砕けた感じだ。
シキは気にせず絵師の男と話す。
「その筆で描くのかい?」
「ええ、水彩画っす」
「いっちょ描いて見せてくれよ」
「了解っす」

絵師は懐から紙を取り出す。
そして、紅色の筆を走らせ始める。
何を描いているのだろう。
瞬く間に線が意味を持ち出す。
絵になっていくさますら美しい。

「どうっすかね」
絵師は水彩画をシキに見せる。
それは、無邪気に描かれた、
シキの姿だった。
そう、あくまで無邪気に、
計算の裏打ちなく描かれた、ありのままの姿であり、
色がにじんでくるような、不思議な魅力をたたえた絵だった。

「絵師には俺がこう見えているのかい?」
「そうかもしれないっす」
「そうか、俺って結構いい感じなんだな」
シキは水彩画を飽かず眺める。
こんな風に見えているのは、とてもうれしいとシキは思った。


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