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森
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
暗い森を歩く巨体ひとつ。
大柄で坊主頭の男だ。
片手で大きな棚を、担いでいる。
本棚かもしれないし、食器棚かもしれない。
かなり大きい。
風が吹いて、葉を少し揺らし、
巨体の男の姿をうっすら映す。
家具屋入道。
以前兎茶屋の模様替えに行ったことのある、
家具を取り扱う入道だ。
武闘派の坊主とも思えるような格好をしている。
よくできた棚を、苦にもしない表情で担いでいる。
家具を取り扱うというのは、力がないといけないのかもしれない。
家具屋入道は森をごつごつと歩く。
重い足音がする。
確か指定された場所はこの先だったかと、
家具屋入道は思う。
この注文、何かおかしい。
狐狸の類ではなかろうかと、考える。
森にわざわざ店を出す酔狂なものを、
とりあえずは兎茶屋のウサギしか、家具屋入道は知らない。
フクロウだかミミズクだか、
ほうほうとないているのが聞こえる。
風は枝を揺らし、
月明かりがもれるのは、狂気的だと家具屋入道は思う。
狂気的。
あの時一緒にいたハイカラな男だったら、
この心持をどうやって表現してくれただろう。
れんたるびでお屋と言っていたか。
鼻に、何かの刺激。
匂いだ。
甘い匂いが、かすかに。
「はて面妖な」
家具屋入道はつぶやく。
甘い匂いは、少しだけ鼻をくすぐると、幻のように消えた。
家具屋入道は、ため息をひとつ。
やはり狐狸に化かされる気がしないでもない。
化かされることがあっても、
家具を必要としてくれて、
運んで欲しいというのなら。
家具屋入道はそれに応じるしかない。
大概愚かかもしれない。
それで相手の気が済むなら、
家具屋入道はそれでいい。
森をごつごつと歩く。
遠く近くに狼の遠吠えが聞こえる。
この森が少しだけ狂気的なのは、
月と狼の所為だと、
家具屋入道はちょっとだけ思った。