15
貴族


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

男がいる。
彼は貴族だ。
使用人達を雇い、
広い屋敷で、日々悠々自適に暮らしている。
彼は自分の見目が麗しいことを知っている。
彼は女を誘惑した。
そして、何人も抱いた。
はじめのうちはそれでよかった。
貴族という権力と、その美貌で、
女が落ちていくのを見るのが楽しかった。
どこがはじめかなんて、彼は覚えていない。
ただ、彼のはじめのうちはそれでよかった。

気がついたら、
彼は満たされていないことに気がついた。
美しい女をどれほど強引に手にしても、
何も満たされない。
それが当たり前の世界だからだ。
彼の世界。
彼が貴族で、彼を中心に回る世界。
彼は嫌気がさしてきた。
彼は歪みはじめる己を止められなかった。

彼はその世界に、
血を分けた妹がいることを知った。
彼に似た美貌。
何も知らない妹。
これを手に入れたら満たされるだろうか。
彼にはもはや、倫理はない。
飢えたものがそうであるように、
妹を手にしようと、ゆがむ。

「おにいさま」
妹が微笑んで呼びかける。
その微笑を崩したい。
手に入れて…
「おにいさま、おにさま」
ふと、違和感。
おにさま?
「そんなことを考えていますと、鬼がやってきます」
鬼、それはとても怖いものだと、
貴族の彼は恐れた。
恐れるものの何もない世界で、
鬼、それだけは。

「おにいさま」
妹から、にゅっと角が生える。
「不健全な夢は、裁きの対象になります」
あどけない妹の口から、事務的とすら思われる、言葉。
「この夢を夢裁きの対象と認め、これを裁きます」
彼は恐怖した。
この世界だけが彼の望みをかなえてくれたのに。
この夢だけが、この夢だけが。

「夢鬼の権限において、消去します」

彼の意識は、夢をなくした。
手に入れられなかったあどけない妹。
何が欲しかったのだろう。
肥大してゆがむ夢の中の彼は、
本当は何が欲しかったのだろう。

もう夢は見れない。
答えは失われた。


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