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初陣
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
桜の咲くころ。
アキは正式に鬼討伐隊に加わった。
今までとは違う緊張と、
アキの中には、高揚に似た感情。
なぜだろうかとアキは思う。
桜がいつもよりも、
色づいて見えるような。
鬼討伐隊に加わったということは、
それすなわち鬼に会えるということ。
なぜだろうか。
鬼に会えると思うと、
世界が色を持って見えるような気がする。
鬼は山の中にいるという。
戦士たちはおのおの準備をして、
鬼討伐へと向かう。
死ぬと前提して、
心残りを晴らすものがいると聞く。
アキは、心残りなどない。
アキは戦士、鬼と戦って死ぬべしと教えられた。
だから、そう、心残りがアキにあるとすれば、
まだ鬼に会っていないということ。
その首をはねていないこと。
桜色の季節。
鬼の血は赤いのだろうかとアキは思う。
鬼討伐隊が出陣する。
アキにとっての初陣。
狂ったように桜が咲く。
「山も桜がすごいってな」
誰かがそんなことを言う。
「きれいだよな」
「見納めかもしれない」
「見とれんなよ、たぶらかすのは鬼のやり口だ」
「わかってる」
アキは、そんなやり取りを耳に引っ掛ける。
きれい、なのか。
この桜はきれい、なのか。
きれいってこんなにも、
言葉にできないくらい、
心を揺さぶるのだろうか。
鬼とは桜のように、きれいで美しいというやつなのだろうか。
アキの心を揺さぶってくるのだろうか。
アキは奥歯を強くかむ。
桜に鬼の返り血を。
その首をはねなければ。
でなければアキが死ぬ。
心残りなど何もない、人生というやつだったかもしれない。
悲しいという感覚はない。
でも、と、アキは思う。
山を歩くアキは、桜の中にあり、そして、鬼を思う。
会いたい。
この桜で色づいた山の中で、
戦いたいと。
悲壮感はない。
ただ、鬼の元に飛び込むだけ。
それは多分喜びに近い。
夢のように桜が咲く。
アキはもくもくと山を歩いた。