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数寄


斜陽街二番街。
レンタルビデオ屋がある。
ここは、ホラー物しか置かないレンタルビデオ屋なのに、
店主はものすごく怖がりだ。
おすすめを閃くという、ちょっとした能力があるが、
閃けるのがホラーものでしかないので、
仕方なく、レンタルビデオ屋には、
ホラー物ばかり並んでいるという次第だ。

レンタルビデオ屋には、
今日はお客が来ていた。
ホラーを求めてきたお客でなく、
少し通りかかった斜陽街の住人。
廃ビルに普段いる、詩人が来ていた。

レンタルビデオ屋の店主は、
貸し出し返却をかねた小さなカウンターの近くに、
椅子を引っ張り出す。
詩人は恐縮しながら座り、
店主もカウンターの中に座った。

詩人とレンタルビデオ屋は、
似たような時期に斜陽街に来たのかもしれないと思う。
別段おしゃべりなほうでない。
でも、なんとなく通じるものはある。
どこか臆病な性格が、
二人とも似ているのかもしれない。

店主は、紅茶があったことを思い出し、
それをいれに奥に行こうとする。
「ああ、その、お気になさらずに」
詩人はどこかどもりながら、気にしないで欲しいという。
「森の中のお茶なんです。きっと気に入りますよ」
「ああ、でも」
「遠慮なさらずに」
「…はい」
詩人が折れた。

やがて店主は、いい香りの紅茶を持って戻ってくる。
ほかに客もいないレンタルビデオ屋で、
小さなお茶会。
「物好きですよね」
レンタルビデオ屋はつぶやく。
詩人もうなずいて同意する。
「斜陽街の、人は、みんな、物好きです」
詩人は言葉を区切りながら答える。
店主は笑った。
「みんな趣味に生きてますよね」
「そういうことも、あります」
「数寄ものっていうんでしょうか」
「みんなも、わたしも、あなたも」
詩人の言葉に、店主は苦笑いする。
たしかに、みんなも、わたしも、あなたも。
どの住人も、どの店の人も、
みんな趣味に生きているこの街が、
みんな好きなのだろうと、思う。

レンタルビデオ屋も、詩人も、
この街が好きだ。
結局そこに帰り着くんだろうなと、店主は思った。


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