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津波
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
大津波がやってくるよ。
彼はそう予言する。
大津波がこの世界を飲み込む。
すべてなくなってしまう。
生きていることは無意味だと。
みんな死んでしまうと。
彼は説く。
助かりたい人は、
この世界を出て行くべくあらゆる手を尽くした。
地下を掘ったりした。
空の上の上を目指そうとした。
みんな徒労に終わった。
だってここは、
ここは彼の世界だから。
予言者の彼の世界だから、
予めいっておくことのできる世界だから、
だから、彼の言うことはすべておきる。
間違いはない。
「あの世界とは違う」
彼はつぶやく。
「この世界はすべてが真実なんだ」
彼は信じる。
彼の予言が当たり、世界が滅ぶことを信じる。
どうしようもないもの。
天災と人はいうかもしれない。
でも、これは彼が起こすこと。
あの世界とは違う。
この世界では、彼は万能なのだと感じる。
祈りをささげる人々。
歌うように、嘆くように、
終わりに向かって祈るものは素敵だと思う。
彼は祈りに耳を傾ける。
そこに、
「鬼がやってきますよ」
あどけない、子どもの声。
「鬼?」
彼は聞き返す。
それは、怖いものだ。
津波よりずっと。
「不健全な夢は、裁きの対象になります」
祈りの文句が途切れ、
無機質な、声がする。
システムの声だと彼はとっさに思う。
「この夢を夢裁きの対象と認め、これを裁きます」
彼はあきらめる。
津波がやってくる。
彼の予言した津波が。
万能だった世界が、
飲み込まれて完全になる世界が。
「夢鬼の権限において、消去します」
津波は失われた。
彼の夢もまた、失われた。
あの世界ではうそつきだったんだ。
彼は消えていく夢に思う。
この世界がすべてでもよかったんだ。
すべて、滅んでしまえと思ったんだ。
もう、彼に夢は、ない。
夢は鬼によって消去された。