26
真鬼


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

夢のように桜の舞う山の中を行く。
アキは少しだけぼんやりしていることを感じる。
夢、そう、夢のようだと。
修練に疲れて転寝して、
鬼に会いにいく夢を見ているのかもしれないと、思った。

違う、と、アキのさめた部分が言う。
鬼を、狩りに行くのだと。
会って、狩るのだと。
アキは瞬きをする。
その間にも桜は狂ったように咲いている。

「いたぞ!」
「鬼だ!」
「囲め!」
隊がにわかに動き出した。
アキは出遅れ、心で舌打ちした。
鬼の首をとられるかもしれない。
そんなことがあったら、アキは一生後悔する。
誰よりも先に、
鬼を…

アキは走る。
討伐隊が先を走っていって…

桜が真っ赤に染まったような、錯覚。

アキは立ち尽くす。
何が起きた?
桜も地面も、討伐隊も、みんな真っ赤だ。
その中に一人、剣を持っている、
角の生えた異形の青年。
返り血すら浴びていない、これが、鬼?
「…おに?」
アキは尋ねる。
鬼はにやりと笑った。
「鬼が珍しいかい?」
アキはうなずく。
鬼は血のにおいのする桜の下、笑う。
「俺も討伐隊に、こんなお嬢ちゃんがいるのは初めてだ」
アキはくらくらする。
夢を見ているようだ。
こんな夢を見ていてはいけないと、
アキの頭のどこかがいっている。
アキは踏みとどまる。
そして、大きな剣を構える。
「あなたに…」
アキは言葉を探す。
会いたかった。
戦いたかった。
剣を交えたかった。
どれもそうのようで、どれも違う気がする。

その首をはねたいと、アキは強烈に思った。
桜はくらくら。
その首をはねて、唇に噛み付きたいと。
なぜか強烈に思った。
狂った夢だ、
さめなくちゃと思う。

「夢じゃねぇよ」
鬼は、言う。
「真鬼のところまでよく来た。相手してやる」
鬼は、にやりと笑う。

ああ、あなたの首を狩りたい。
アキは強く思った。


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