29
片恋
斜陽街二番街。
ピエロットという喫茶店がある。
やや西洋アンティークな店内に、
飾られているのはピエロのものばかり。
きらきらとオルゴールの音が流れている。
有線なのかCDなのかはわからない。
落ち着いた店内に、
通称ギター弾きは、いる。
古いギターを気ままに、心のままにかき鳴らす、
少し寂しげな男だ。
前髪で表情は汲み取れないが、
少し自嘲気味に笑う口元が見える。
何かを失ったものの笑み。
何かにあこがれ続けるものの笑み。
ギター弾きはギターを鳴らす。
寂しい心の赴くままに。
ともすれば、
太陽に焦がれる道化のごとく。
永遠の片恋のごとく。
永遠の片恋。
そういうものだと、歌わせてから思う。
あこがれ続ける。
太陽にあこがれ続けるように。
美しいものを、手が届かないものを、
ずっと、ずっと、恋するように。
「アキ…」
ギター弾きはつぶやく。
彼の太陽の名前を。
オルゴールはきらきら流れる。
ピエロの置物は悲しそうに。
ピエロマスクをしている店員は静かに。
ギター弾きは、弦を一本鳴らした。
やがてそれはきれいな音の連なりになり、
激しく切なく、かきむしるような、イメージが入ってくる。
何もかもをかき消さんばかりの激情的な花。
ギター弾きは、そのイメージの中に、
鬼を見たような気がした。
鬼が、二人。
異形の鬼と、鬼の心を持った少女。
出会うべくして出会うのだろう。
それはとても狂おしい気がした。
夢のようにイメージは去り、
あとには、いつものピエロットの風景が残った。
ギター弾きはため息をつく。
「アキ…」
あれは、アキだったのだろうか。
鬼ではなかったか。
恋焦がれた少女が、
鬼にかわってしまったような、
ギター弾きはそんなことを思った。
あれは、きっと、
とてもとても純粋な片恋なのだと、
ギター弾きは思う。
夢であるならそこででも、
片恋が昇華されるよう、ギター弾きは祈った。