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物音
斜陽街の路地。
斜陽街は元から、路地の多い街だ。
一番街、二番街、三番街、
番外地と呼ばれる場所のほかに、
通れるというものを路地とするなら、
かなりの数の路地がある。
隙間だらけなのかもしれない。
斜陽街もその住人も。
ある日のこと。
落ち物通りの近くの路地に、
軽い物音。
誰かが何かを忘れていったのかもしれないけれど、
誰の気配もしない。
ただ、軽く。
思い出が形を持って忘れられたかのように、
物音が、一度だけ。
落ち物通りのスキンヘッドのマネキンも、
一応気がつくことは気がついていた。
誰かが何かを忘れていくことなんて、
斜陽街ではよくあること。
忘れていったものが形を作っていても、
それもまた、よくあること。
そのうち夢が形になるかもしれない。
まぁ、よくあることなのかもしれない。
マネキンもマネキンなりに考える。
落ち物通りに住み着いている、
浮浪者のうごめく感じがする。
浮浪者とは、斜陽街においては、
自分であるという証を何一つ持たないもの。
誰でもないもの。
それなのに、うごめくもの。
誰かに成り代わろうとするもの。
情報を狙っているもの。
マネキンは、大丈夫だろうかと考える。
物音のした方向に、
マネキンは顔を向けるが、
マネキンは壁から生えている。
動けない。
物音が何なのか、マネキンでは確認できない。
気になるが、浮浪者はそういうことを伝えてはくれないだろう。
「誰の何なのかしらね」
マネキンは物思いにふける。
あれは、軽い物音だった。
花束かもしれない。
花、なんかあたしちょっと冴えてるかも。
花だったらきっと、
浮浪者の情報源にされないと思うの。
夢のような花だといいと思うの。
花はいつだって夢のように咲くから。
マネキンだって夢のことを思う。
夢とか幻とか、
そういうものを飲み込んで斜陽街はある。
飲み込んだ上での、
住人の現実だ。
物音が素敵なものであるように、
マネキンはいろいろと思いをめぐらせる。