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紅烏
斜陽街のどこか。
空飛ぶ魚のシキと、どこかからやってきた絵師は、
神屋をあとにして、ぼんやりと歩いていた。
シキはふよふよと飛ぶ。
風がかすかに吹いて、
絵師の少しだけ長い髪を揺らす。
絵師の糸目は何を見ているのかわからないが、
何かを探しているかのようにも見えた。
「なぁ」
シキが声をかける。
「はい?」
絵師が答える。
「あんたの絵は不思議だな」
「そうっすか?」
「色がにじんでいるような感じだ」
「よく言われます」
「なんか秘密があるのかい?」
「秘密というか…」
絵師は絵筆を取り出す。
筆は紅色だ。
「紅烏という名前を持った筆です」
「べにからす?」
「詳しいことはわからないっす」
「ふぅん…」
シキは紅烏をまじまじを見る。
「いろいろ筆を渡り歩きましたけど」
「ふむ」
「紅烏が一番イメージに近くなれる気がします」
「そういうものか」
「そういうものっす」
絵師はそう結んだ。
絵師は糸目で何かを見る。
風が吹いたような気がした。
絵師は、懐から紙を取り出す。
「彩れ、紅烏」
一言つぶやくと、絵師はものすごいスピードで紅烏を走らせる。
シキは、その様子を見ている。
真剣な空間を感じる。
何かイメージを捕まえたのだろうと、
もやもやした何かの尻尾を捕まえたのだろうと。
シキは勝手に思う。
極彩色の風景。
夢の風景のようだと、シキは思う。
紅烏は彩り、
絵師は走らせる。
迷いも淀みもない筆。
その筆は、今まさに何かを描かんとしていた。
呼吸をするように、とんでもないことをしているんじゃなかろうか。
シキは思ったけれど、
彩りの空気にのまれて、何もいえなかった。
絵が出来上がるのは、それからまもなく。
絵師はため息をつき、
シキもため息をつく。
衝動のままの計算づくのような、
不思議な絵が出来上がる。
「何の絵だい?」
「さぁ?描きたくなったので」
絵師は困ったように微笑んだ。