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音源
斜陽街一番街、音屋。
音に関するありとあらゆるものが手に入る場所だ。
音以外は取り扱わない方針だが、
音にまぎれていろいろなものが音屋に居つくことがある。
イメージだったり、何かの感情だったり、
あるいは妄想だったり。
音屋はちょっと前まで、
純粋な音を守ろうと、音以外のものを逐一片付けていたが、
最近は、それら、が、
気の済むまでいてもいいんじゃないかと思い始めたらしい。
音屋に入っていったら、
時折何かのイメージが浮かぶなどというときは、
音屋に間借りしていた何かが、
誰かに宿って出て行く兆しらしい。
そんな音屋に、
ある日、妙なものが居ついた。
音屋の主人の、見慣れないカセットテープ。
丸い眼鏡の中で、音屋の主人がめをしぱしぱさせる。
見覚えがないぞと思ったのかもしれない。
音屋の中は、
いまさら説明のしようがないほど、
音にあふれていて、
一般の人が聞き取れる音というより、
何かの流れか何かのような様相を呈している。
そんなわけだから、音屋の中では、声は基本聞こえない。
音屋の主人は、ごうごうと何かの流れている店内で、
カセットテープをつまみ、
しげしげと眺める。
一人うなずくと、
カセットテープをレコーダーに差し込み、ためらいなく再生を押す。
スピーカーがひとつ、震えだす。
音屋の主人は、目を閉じる。
音だけではないと感じたかどうか。
それは、歌。
獣のような、人のような、
歌。
嘆くような悲しむような、
あるいは、何かから解放されたような、
篭の鳥が自由になれと無理やり放たれたような、
そんな感覚を音屋の主人は持った。
音屋の主人は、目を閉じて歌に聞き入る。
かわいそうに、夢がないんだと、
音屋の主人が思ったかどうか。
とにかく、聞き分けがつかないほど音は流れているし、
音屋の主人が表情豊かなわけでもない。
ただ、何かを抉られたような鳴き声が、
こびりついてはなれない感覚だけは、持った。