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桜谷
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
季節がめぐる。
アキはものすごい勢いで、
鬼の剣術を吸収していった。
それは、命が走る喜び。
アキはいつでも鬼を見ていた。
鬼は、何かの遊戯のように、
アキに命の狩り方を教えた。
「いつか俺を狩れ」
鬼はそう言う。
言われなくてもアキはわかっている。
狩るために、この山にいるのだと。
そのためだけに、生きているのだと。
夢のように季節が過ぎていく。
鬼はアキに剣をこしらえた。
大きな、剣。
桜のような剣だとアキは思った。
血にまみれれば、さぞかし美しかろうと。
でも、その血が流れるということを、
アキは心のどこかで望んでいない。
なぜだろうかと考える。
アキに答えが出せるものではない。
あの鬼の血が流れることを、
切望しているのに、
その一太刀が届かない。
ときに穏やかに、
ときに激しく、
時間は流れ、
季節はめぐって春になる。
桜のくらくらする春。
あの時も、こんな風に桜が咲いていたと。
アキは鬼に会ったときのことを思う。
(今日なら狩れるかもしれない)
アキの脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。
忘れていた言葉。
ずっと根ざしていた言葉。
いつものように剣を教えようとする鬼に、
アキは獣のような咆哮を上げ、
本気で剣を振るった。
鬼は、面白そうに逃げた。
桜の山の中を、追いかける。
この先は谷。
逃げ場はない。
この一太刀が、届けば。
アキは大剣を振るう。
今度こそ、届いて欲しいと。
願いはかなう。
アキの大剣は、鬼に届いた。
その胸を切り裂いた。
鬼はにやりと笑い、
「腕を上げたな」
と、言葉にする。
最高の賛辞だ。
「もう、いいだろう。鬼は、狩られた」
鬼はそう言うと、
深い谷に落ちていった。
アキは呆然としていた。
桜くらくら。
大剣は鬼の血で赤く染まったのに、
何か大切なものがなくなってしまった気がした。
アキは泣く。
それは悲しげな獣のようであった。