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種
斜陽街二番街。
花術師と呼ばれる、おばあさんの店がある。
花術師は花を、植物を、
操ったり育てたりする職業だ。
花術師は今日も花の種を持って、
斜陽街のどこかへ出かけていた。
種は基本にして奥義。
そんなことをつらつらと花術師は思う。
店に帰ってきてから、
花術師は気がつく。
種の袋がひとつ足りない。
「あらあら」
緊張感も何もない。
のんびりと花術師は驚き、
そして、歩いた先を思い返す。
「ああ」
思い当たるところがあり、
花術師はまた、斜陽街に出て行った。
落ち物通り。
そのすぐそばに、種の袋はあった。
花術師はそれを拾い、帰ろうかと思う。
でも、何か違和感がある。
花術師だからわかる、違和感。
この種はここに咲きたいのかもしれない。
花術師はそう感じる。
「しょうがないわね」
花術師は、種をまき、
花術をかける。
どうかここに咲いてと。
出会うべきものに出会ってと。
花摘み人にも負けないくらいに咲いてと。
それは祈りに似た術。
おばあさんの、やさしいやさしい祈り。
種は芽を吹く。
そして、見る見るうちに育ち、
小さなつぼみをいくつかつける。
「さて、もういいかしら」
花術師は納得する。
「ここで生きてね」
花術師は花に、そう声をかける。
つぼみは小さく、
うなずくようにゆれる。
「あらあら、花術師さん?」
マネキンの声がする。
「はい、あたしですよ」
「ねぇ、そっちに何か落としたのも花術師さん?」
「ええ、種ですよ」
「へぇ、何の種?」
マネキンは動けない。
興味たっぷりの声でたずねてくる。
「キンセンカですよ」
「へぇ、どんな花なのかしら。動ければ見たいな」
「かわいらしい花なんですよ」
花術師はそういうところころ笑う。
マネキンもにっこり微笑んだ。
斜陽街のどこかの路地。
花術をかけられて、
そっと咲いている花がある。
誰かを待つように、
あるいは隠れるように、
そっと咲いているらしい。