53
金盞花
絵師とシキは斜陽街を歩く。
いつもの静かな斜陽街。
風がたまに吹いている。
絵師は、不意に、呼ばれた気がした。
足を止めて、気配をうかがう。
気配は風にとけるようになくなっているのに、
呼ばれた方向だけがわかる奇妙な感覚。
「シキさん」
「あん?」
「向こうには何がありますか?」
「向こう?」
絵師は指差す。
「ああ、落ち物通りがあるな」
「おちもの?」
「うん、そこに行くと何かを落としてしまうんだ」
シキは簡潔に説明する。
「なんか、そこから呼ばれた気がしたっす」
「斜陽街じゃそういうこともあるさ」
シキは知ったかぶって言う。
「よし、それじゃちょっと行ってみるか」
シキは先にたってふよふよと飛ぶ。
絵師はまだ勝手のつかめない斜陽街を、
それでも飄々と歩く。
「あら」
通りの入り口には、人形みたいなものが生えている。
絵師はいまさら驚かないが、
異様であることは伝わってくる。
「よぅ、マネキンさん」
「シキさん、その方は?」
「絵師だ。なんか呼ばれたんだと」
「ふぅん?あたしは呼んでないけど」
「なんか、呼ぶような落し物はないかい?」
「そうねぇ…」
壁から生えたマネキンは考え込む。
そして、何か思いつく。
「近くの路地に花術師さんが何かしてた」
「てことは花か」
「そこを曲がったところ」
シキはふよふよと曲がって路地に入る。
絵師が続く。
「…これは」
絵師は絶句する。
そこには、絵師を待っていたかのように花をつける、
小さなキンセンカが。
「小さな花だなぁ」
シキはそんな感想をもらす。
「そうっすね、小さいんすけど、しぶとい花なんすよ」
絵師はかがみ、キンセンカをなでる。
そして思う。
(キンセンカの咲くところは、どこでも故郷)
絵師の故郷、いろいろな記憶。
ここもまた心の故郷にしてもいいだろうか。
ひっそりと咲く、小さな花。
「花はいいっすね」
「そう見えるのか」
「はい」
「いいことだと思うぜ」
「どうもっす」
「どうする?この花」
「できればこのままがいいっす」
「そうか、そうだな」
絵師は立ち上がる。
いつもの糸目は微笑んでいるようにも見えた。