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終末
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
暗い森の奥の、狼珈琲屋。
狼耳をつけた青年は、
ちょっとした物語を披露している。
場所は明かしてくれないけれど、
内緒の地区で取れたコーヒーと、
その地区を含む国に関しての物語だ。
「…で、人が夢を抉られて、心がくずれるんだ」
コーヒーは軽くトリップを起こす。
夢とも現ともつかない軽いトリップの中、
青年の話と、その国の話が混ざる。
心がくずれたら、歌うんだ。
心がないから獣なんだ。
歌う獣なんだ。
歌う獣は感情を制御できない。
流されるままになる。
歌いながら、その国を壊していったんだ。
夢をなくすってのはそういうことで、
歌は最後の絶唱ってやつなんだ。
トリップしている目に、
獣の扮装をした人が、
パレードをしているのが見える。
幻覚だろうか。
このコーヒーはそんなに危険なものだろうか。
獣は歌う。
破壊して、嘆きながら歌う。
なぁ、終末って言葉を聞いたことがあるか?
その国の終末ってのは、
歌が消えることなんだって聞いた。
国から歌が消えるってどういうものだろうな。
…あんた、見えてるだろ。
少しトリップしている目をしてる。
うん、その獣たちがみんなどこかに消えちゃうんだ。
夢でも見ていたみたいに、さ。
やがて視界が、
狼珈琲屋の店内へとゆるゆる変わる。
「なかなかトリップもいいものだろ?」
青年は笑う。
「噂では、鬼が夢を裁いていたなんて聞くんだ」
鬼、と、聞きそうになるのを見透かして、青年は続ける。
「鬼は桜がよく似合うよ。夢のような桜さ」
狼耳がぴくぴく動く。
飾りではないのだろうか。
「決して、夢を裁くようなものじゃないよ」
それはなんとなくわかる気がした。
「ドリップトリップ。悪くないと思うんだ」
青年はにやりと笑う。
「さぁ、次はどこに行きたい?」
青年は、尽きることのないコーヒー豆の物語を持っている。
もう、滅んだ国の物語も、あるかもしれない。