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宿命


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

アキは山を降りた。
鬼を狩ったのだ。
もう、いる意味はない。
鬼はいなくなった。
アキが、狩った。
その事実を認めるまでに、ひどく時間がかかった。
鬼は今でも、生きているような気がして。
どこかから剣の未熟を指摘する、
鬼の声が聞こえるような気がして。

もう、いない。
鬼は、もう、いない。
狂気のような夢だったと、
アキは自分を無理やり納得させようとした。

町に帰ってくると、
アキは鬼のことを報告した。
一太刀あびせたと、谷に落ちたと。
他人事のようにアキは報告する。
ならば生きてはいないだろうと、
報告を受けたものが言う。
おそらく、と、アキは返す。
あの鬼は、もう、いない。

平和になったはず。
少なくとも、ここは。
でも、アキの内側には、
まだ桜の嵐がやむことなく吹き荒れている。
嵐の向こうにはいつだって鬼が。
(ああ)
アキは思う。
(まだ生きているかもしれない。だって彼は鬼だから)

アキは申し出る。
鬼のなきがらを探してもよいかと。
万が一生きていてはいけないと。
万が一、そう、万が一。
生きていたなら。
生きているかもしれない。

アキの心を狂気が走る。
狩りたい。
その首をはねて…
この胸に抱きしめたい。
胸が苦しい。
何かがなくなったかのように苦しい。
鬼の胸を切り裂いたそれが、
アキの内側も切り裂いたように苦しい。

鬼の笑顔ばかり思い浮かぶ。
きっと鬼がまだ生きているからだ。
あの鬼を狩るのは、
きっとアキの宿命なのだ。

アキはまた山に向かう。
鬼を探しに。
アキの狂気と、夢のような日々の、
決着をつけに。

アキは思う。
普通にはなれないと。
そして、普通などいまさらいらないと思っている、
アキ自身に気がつき、
アキは人知れず苦笑いした。


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