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災禍


どこかの扉の向こう。
政府軍とゲリラが、熱帯雨林で戦っていた。
戦争だ。
内戦とも言うのかもしれないし、
クーデターとも言うのかもしれない。

一介の兵士は、そんなことはわからなかった。
名前を仮にジョンとする。

熱帯雨林の天気はすぐ変わる。
太陽のぎらぎらが、一転してスコールが降ったり、
蒸し暑く、腐りそうな思いをする。
河をわたり、ゲリラに警戒し、
心が休まる時間などない。

ジージーと何かが鳴いている。
高い鳥の声が遠くでする。
こっちはゲリラに警戒しているのに、
何でこんな音まで聞こえるんだろう。
ジョンは思う。
日差しは今はさんさんと。
銃を持ったジョンがいなければ、
ここは楽園のように見えるかもしれない。

でも、と、ジョンは否定する。
この熱帯雨林は戦場だ。
禍々しいとか、災いってやつだ、くそったれ。
ジョンは自分の中からそれだけの言葉が出てきたことに驚く。
よく、言葉が頭に残っていたと、驚く。
戦争ですべてが腐っていたかと思っていたのに、
まだ腐ってないんだと、ジョンは思う。

それはとても悲しいことだ。
災いの中で壊れないこと。
それは理に反していて、苦しいことだと。
ジョンは身をもって知っている。
身をもって知らないのは政府のお偉いさんとかばかりだ。
くそったれ、お前らがここに来い。
前線でゲリラどもと戦ってみろ。
そうすれば、そうすれば…
そうすれば、なんなのだろう。
ジョンの思考は停止する。

ただ、もう、生き残るため。
戦争は災禍だとジョンは思う。
天災のように、どうしようもないものだと、
今のジョンはそう思う。
圧倒的な流れの中で、
ジョンは獣のように生き残るしかないと知っている。

鬼になるか、獣になるか。
そういう道しかないのか。
歌すら歌えない。
だれか、戦争が終わったと嘘をついてくれ。
ジョンはごっそりなくなった思考回路でそんなことを思う。

楽園のような熱帯雨林。
そこは、夢のような、
悪夢のような、
戦場だった。


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