09
新店舗


斜陽街番外地。
場所としては、八卦池と砂屋の近く。
新しい店ができた。
テナント募集だった小さな建物に、
少し手を加え、涼しげな和の装いをした、本屋だ。
古書店かもしれないし、普通の本屋かもしれないし、
あるいはどっちもやるのかもしれない。

店主は着物を着た女性だ。
少し明るい茶色の髪を後ろでまとめて、
メガネをかけている。
頭には大ネジが刺さっていて、
「これを抜くと大変なんですよ」
と、冗談めかして笑ったものである。

屋号は『ことのは堂』
店主は、琴乃(ことの)と名乗っていたが、
「ことのは堂だから、琴乃。本名ではないです」
といったものだ。

琴乃は、言葉を好むらしい。
とじこもりの方でもなく、
割と斜陽街のあちこちにあいさつに出かける。
そして、いろいろな言葉を聞いて、
その意味に触れて、
納得するまで話して。
そういうことが、琴乃は好きらしい。

「言葉が身体を流れていくのが好きなんです」
琴乃は言う。
「本も好きですし、人も好きです。言葉も好きです」
琴乃はにっこり笑う。
「結局、みんな大好きなんです」

琴乃の本屋は、
とにかく本に満ちていて、
地震でも来たら大変かもしれないけれど、
幸い斜陽街にはそういうことがない。
琴乃は本の山の奥、
出かけていなければ言葉に関する何かをしているかもしれない。
したためているのか、調べているのか、読んでいるのか。

斜陽街の一角。
本屋ができた。
ことのは堂は、言葉を愛する書店だ。
何か話に行ったら、喜んでもらえるかもしれない。
八卦池と砂屋の近くだ。


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