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油を売るって。
確か長話のこと。

洗い屋に、鎖師がやってきた。
鎖師はあまり長々しゃべる方じゃないけれど、
しゃべらないならそれで、
いい沈黙の間合いを持っている、と、洗い屋の女性は思っている。
「鎖を洗ってほしいの」
「いいですよ、それがお仕事ですし」
「作ったばかりだから、油がちょっとついてるから」
「あ、そうなの?」
洗い屋の女性は鎖を確かめる。
「オーケー、この類のなら、ここの洗剤で落とせます」
「ありがとう」
鎖師の表情はいつものように薄いけれど、
まぁ、そういう鎖師なんだからしょうがない。
洗い屋の女性は納得する。

鎖はつつがなく洗い終わり、
鎖師が具合を確かめている。
「いい感じ、これなら納品しても大丈夫」
「よかった。そうだ」
「?」
「髪洗っていきません?」
洗い屋の女性の申し出に、
鎖師は少し考えたあと、
「おねがいします」
と、ぺこりと頭を下げた。

ゆったりした椅子に鎖師をかけさせて、
洗い屋は絶妙な加減で鎖師の髪を洗う。
「最近どうです?」
「どうって?」
「鎖を届けに行った先で、変なことがあったりとかしません?」
「しょっちゅうです」
洗い屋の女性は笑う。
そして、鎖師は、ぽつぽつとではあるけれど、
鎖にまつわる話をしてくれる。

洗い屋の女性が思うところに、
言葉は人との潤滑油だというのがある。
油だからって全部洗ってたら、ギシギシになっちゃう。
そんな考えがあるとかないとか。

珍しく鎖師もちょっと楽しげに。
洗い屋もいろいろな話をして。
長話が油を売るということなら、
この時確かに、彼女たちは油を売っていたのでした。

言葉をたくさん交わして。
そう、言葉はある種の油だね。


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