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書物


ことのは堂では、
琴乃が忙しく本を並べていた。
新しい本、古い本、
琴乃が気に入れば入荷して並べるし、
注文があれば入荷するし、
さらに、琴乃は物語を執筆することもある。
書物に囲まれるのも好きだし、
言葉に囲まれるのも好きなのかもしれない。

店を開くにあたって運び込まれた山ほどのダンボール。
ほぼすべてが本だ。
生活用具は驚くほど少ない。
それでもやっていけるのが斜陽街ではある。
しかし、ダンボールはまだ開いていないのが多いらしく、
琴乃は一休みを挟みつつ、
書物を並べている。

何度目かの一休みを、
ちょっと長くとって。
琴乃は斜陽街の空を見た。
何とも言い難い空。
この空を例えるとしたら何色なのか。
その言葉も琴乃は持ち合わせていない。
「まだ未熟ですね」
琴乃は独り言を言って、苦笑い。
この書物たちを執筆したであろう無数の『作者』なら、
どんな言葉を用いてくれるだろうか。
琴乃が見つけなければ意味のないことかもしれない。
それでも、参考にはなるかもしれないと思ってしまう。

書物に親しみ、言葉をまとう。
そんな生活が、琴乃のお気に入りだ。
この町をいかに表現するか。
まずはそこから始めてみようか。
それにあたって、空が何とも表しにくい。
斜陽街の空としか言いようがない。
どうやって伝えよう。

表現しにくいこの町に来て、
琴乃は良かったと心から思う。
知らない言葉が、山ほどあるかと思うと、
見つけたくて、うずうずする。

風が吹く。
斜陽街の風だ。
琴乃は風が心地いいと感じた。
まずは、そこから。


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